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薩摩さん嫌い、じゃなくてサツマサンキライの花。にぎやかな、でもよく見ると清楚な感じ。かからん団子のあの葉っぱの植物です。志戸子ガジュマル園にて。
これは西部の森で。ギョボクという木の根元にまるい傷が。なんだろう。
接近してよく見ると、丸ノミのような痕がくっきりと見えます。サルが皮を歯で削り取って食べたらしい。
皮を食べるサルの動画⇒「050321.avi」をダウンロード (おそまつ!)
今年は食べ物がそこそこ豊富なので、餌に困って食べたわけではなさそう。サルもシカもおいしい木の皮を選んで食べることがたまにあるようですが、木を枯らしてしまうことはあまりありません。
食べ物が少なくなると、シカはサルが木の上から餌を取り落としてくれるのを期待して、サルの群れに同行するようになります。
さて、2月27日まで私用で熊本に出かけます。その間島内でいろいろ会議もあるようですが、このブログはたぶん少ししか更新されません。
松本さん頑張ってください(笑)。
(前の記事から続く)
なぜこのような情けないことをするのか。それはこの事業のために、2002年から2005年までの4年間に5億2000万円の予算が使われているからだ。
⇒http://www.asahi.com/national/update/0221/TKY200602210399.html
花粉症を克服できる、と自信満々で獲得した5億2000万もの予算=血税が、ほとんど何の効果もなかったとなれば、これから始まる来年度の予算折衝に当然暗い影がさしてくるだろう。「握った金は事実を曲げてでも離さない」という信念には恐れ入るしかない。(それ血税なんですが。離せよ)
ところで133箇所のうち残りの56ヶ所はなぜ追跡できなかったのか。
どうも追跡調査をその土地の自治体にさせたらしい。なにしろ、2年以上の継続調査は「自治体の協力が得られなかったために出来なかった」というのだ。それなら56ヶ所については、最初からまったく追跡していなかったということだ。要するに林野庁は金(血税)だけ出して業者や地方自治体に仕事をやらせ、自分たちでは何もしていないのだ。データの重みがわかっていないから、平気でいじれるのだろう。
花粉の追跡調査は1年では不十分で、数年は継続調査を行う必要がある、という指摘もある。⇒http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060221it06.htm
誤解のないように(笑)行っておくと、間伐そのものは、今の人工林をなんとかたてなおすために必要な作業だ。
だから、林野庁が税金を使って間伐事業を進めることには異論はない。
問題は、「あんたたち、ほんとに森林経営のプロか?」という疑問だ。
この事業のほかに、林野庁はいくつも花粉症対策を行っているし、それらのなかには、成熟して開花し始める前に伐採して回転させてゆくとか、不稔性のスギを品種改良する、といった使えそうなアイディアもあると思う。しかし今回の対応は、いかに林野庁の手法が科学的でない胡散臭いものであるか、明らかにしてしまった。
ヤクスギランドや白谷雲水峡では訪問者が自然保護のために協力します、といって一人300円ずつの浄財を預けてくれており、現在その総額は年間4000万を越えている。しかしデータの処理が確実に出来ない機関に「協力金」の管理は無理だろう。浄財の管理はなによりもガラス張りの明快さを必要とするからだ。もし握った金はなんとしても離さない!と頑張られたら、花粉根性ですね、とでも言ってしまうだろうなあ。
どう考えても「協力金」の管理は林野庁だけにまかせず、屋久島全体で責任を持ってきちんとをお預かりする仕組みを作る必要があると思う。
さて、この件をすっぱ抜かれた林野庁はHPの該当箇所を「約50%程度減少した例もあり・・・」と書き直した↓
平成15年度の事業実施個所の測定結果については、本数で20%~30%を伐採することによって、雄花着花量が事業実施前に比べ約50%程度減少した例もあり、高い効果が期待しうる方法であると考えています。⇒http://www.rinya.maff.go.jp/seisaku/sesakusyoukai/kafun/situmon.htm 林野庁HPより
(傍線筆者)
・・・まーだ諦めてない !?
林野庁は、花粉症対策のため、2002年より人工林のスギの中から雄花の多い木を
20~30%選んで間伐し、雄花の量を減らそう、という事業を行ってきた。試験地は全国に133ヶ所。
⇒http://www.rinya.maff.go.jp/seisaku/sesakusyoukai/kafun/nukigiri2.html
ところが結果が芳しくなく、1年間の追跡調査をすることの出来た77ヶ所のうち、雄花が50%以上減少し期待通りの効果があったのは23ヶ所、30%に過ぎなかった。これに対して雄花の減少が20~30%以下に留まった、つまり残された木が間伐で日照を得て活気付き、それぞれ間伐前よりも雄花を増やしたところが31ヶ所40%あり、そのうち6ヶ所では間伐前よりも面積あたりの雄花の量が増えた。
これら新聞記事に引用されたデータから判断すれば、期待に反して「間伐はかならずしも効果的に花粉を減らすわけではなく、下手にやるとむしろ残された木を元気にして花粉を増やしかねない」という結果が読み取れる。
⇒http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20060222ddm041100158000c.html他
さて、林野庁の担当者はこの結果を受けて、どうしたと思いますか?
想定を覆す70%のデータを隠蔽し、期待通りの結果が出た30%のデータだけを発表して、「20~30%選択的に皆伐すれば、花粉は50%減少する」と林野庁のサイトで宣言したのだ。
各新聞はこれについて「粉飾」「誇張」「ずさん」などと表現している。また林野庁整備課の担当課長は「データを偽造したつもりはないが、誤解を招くおそれがあるかもしれない」と語ったそうだ。⇒http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060221it06.htm
しかし都合のいい一部のデータだけを発表し、残りを隠蔽するするという手口は、ウソの一つである。事実上の改竄であり、偽造と同じことではないのか?
それは事実の一部なのだから、ウソではない、というのであれば、こういう理屈が成り立つ。「一部の担当部署がウソをついたのは事実なのだから、林野庁とは、役所全体がウソをつく機関であるというのはウソではない」
それとも「そんな腐ったセクションは一部だけで、あとの本体は実にまっとうな役所なんです」とでもいうのだろうか。確かに「一部の特殊例で全体を代表させることはできない」というのはまさに今回の失態で再確認された命題ではある。
(この項続く)
今日は午後から屋久島観光協会で、今年度の登山道整備報告書作成の打ち合わせでした。
来年度はたぶん登山道整備の担当が交代になるので、その引継ぎもかねて分担した報告書の原稿を検討しているところ。右は観光協会事務局の岡田さん。中が田平拓也くん、左が小原です。
台風の後の倒木処理やササ刈りなど、チェーンソーや草刈機を使う作業は資格がないと万一のときに労災保険がおりません。今年度は宮之浦岳周辺のササ刈りが大仕事だったので、どうしても資格もちの郷班や末野班など一部の班の負担が大きくなってしまいました。来年度はまず、屋久島で講習会を開催し、関係者は資格を取ってしまおう、という段取りで行きます。
小原は来年度から違う仕事を担当するつもりで、現在準備中。忙しいだろうなあ。勤まるかな?(懸念)
春らしい、霧に包まれた白谷雲水峡。もうミソサザイやヤマガラのさえずりも聞こえる。そろそろ巣作りが始まるのかもしれません。コケの新緑もちらちら見かけるようになりました。
ヤクスギの落枝に、花が満開、というより鈴なりです。雄花(右から下の茶色い粒)は成熟していますが、霧で湿って閉じてます。雌花(左上)はまだ蕾。
屋久島でも花粉症はないことはないのですが、スギの本数は自然林では案外少ないし、湿度もあるので鼻などの粘膜が弱らず、よそに比べればだいぶ楽だそうです。空気もきれいだし。
雄ジカが岩の上でじっとしています。胃の中で食べた植物を発酵させるためなのか、シカはこのようにしばらく座り込んで休憩時間をとります。反芻を楽しんでいるようで、時々こなれた餌を胃から口に戻し、もぐもぐ噛んでからごくりと飲み込みます。
木の根元にはウツクシハネゴケ♂。
シカの食べ物はもっぱら落ち葉。コケのマットに芽生えた木の実生もつまみ食い。白谷のコケが美しいのには、シカも一役買っているのかもしれません。しばらくして立ち上がったこの雄は、左手のツルアジサイの皮をしばらくかじっていました。これも好物のようです。
バットマン・・・それともケムール人。 悪か?
霧は深まるばかりです。 迷宮の入り口。
釜山のサイトを読もうと思うのですが、ハングルが頑として読めません。読めても「音」だけだし、雰囲気はわかってもにデテールが把握できない。こういうのを解読するのは、なんとなく有意義なことをしているような錯覚を与えてくれるし、暇つぶしに最適ですね。
そんな中で釜山発の対馬観光ツアーを見つけました。2泊3日で349,000ウォン。いま1ウォンが0.12円だから、41,880円。けっこうするな。
対馬のところに「DAEMADO」とある。何だろう? ダエマド・・・
わかった。 対(ダエ)馬(マ)島(ド)だ。
ツアーの日程表と地図から判読すると、「이즈하라」が「いずはら」、「히다카쯔」が「ひたかつ」らしい。
(「星を継ぐもの」にこんな解読シーンがあったな。)
この大亜観光の釜山発ツアーの特色は、大亜グループのジェットフォイルを生かした、鬱陵(ウルルン)島と対馬(ダイマ)島観光のようです。
(意外なところで鬱陵島へのルートがわかったぞ。飛行機もあるのかな。)
今度は対馬でエコツーリズムの大会です。
1 大会名称:全国エコツーリズム大会in対馬
2 大会テーマ:観光振興とエコツーリズム
3 開催日:平成18年(2006年)3月3日(金)~3月5日(日)
4 開催会場:
3月3日(金)全体会 対馬市『つしまベルフォーレ』
3月4日(土)フィールドワーク(対馬のエコツアー体験5コース) 対馬島内に分散
3月5日(日)分科会 『つしまベルフォーレ』
5 参加対象と定員:エコツーリズムの専門家、研究者、実践者、関係者(官民)及びエコツーリズムに関心、興味のある方々を対象に300名
6 主催:全国エコツーリズム大会in対馬実行委員会
〔事務局〕長崎県対馬市役所政策部政策企画課内
〒817-0022 長崎県対馬市厳原町国分1441番地
TEL: 0920-53-6111 FAX: 0920-53-6112
E-mail : kikakuka@city-tsushima.jp
7 共催:NPO法人日本エコツーリズム協会
とのことです。対馬といえばYNAC企画+風の旅行社主催でも屋久島タイプのエコツアーを催行しており、アワビと本マグロを食べに、何かのお役にたつだろうということで(?)YNACからも松本と岡田愛が出席します。
対馬といえば龍良山照葉樹林。国内唯一の「平坦な」原生照葉樹林として知る人ぞ知るところ。また南部の豆酘にある多久頭魂神社は、種子島の宝満神社と並び、古代から現在まで、赤米を作り続けていた所として知られているところです。
対馬は釜山に近く、大亜高速海運のジェットフォイルシーフラワー(ROUTE INFO参照。「つしま」はハングルで「 대마도 」 )も就航しているので、韓国からの登山客が多いそうです。対馬の自然と歴史民俗を見て海の幸を食べ、釜山に渡って見て回って韓国料理を食べ、というような国境を越えたエコツアー(?)なんて面白いかも。
陸域の生態系が安定すれば、そこから涵養される河川の生態系が安定し、河川が安定すればその川が流れ込む海域の生態系が安定する。
ということで、宮城県の山を蘇らせれば、海の幸が豊かになり、そこで収穫された牡蠣やホタテも、はるばる屋久島までやってこようというものです。
持つべきものは友達だ。
居酒屋「日月(じつげつ)」にて。 森の恋人の子どもをいろんな料理に。
生牡蠣、ホタテ刺身、焼き牡蠣、焼きホタテ、酢牡蠣、ホタテマリネ、牡蠣グラタン、ホタテと野菜の中華風炒め物、牡蠣入り韓国風お好み焼き、ホタテヒモの酢味噌和え、牡蠣フライ、ホタテフライ、そして仕上げに牡蠣ごはん。
また、このときを狙って秘蔵の清酒を一気に放出。このばあい三岳の出る幕はありません。
外ではなお牡蠣とホタテを炭火で焼いてます。火や「煙」恋しい者はこちらへ。
まったく森はありがたいものだということが、たましいに沁み込む夕べでした。畠山くん、ちかちゃんありがとう! 屋久島から君たちのことを見守っているよ。 来年もよろしく!
立春のころから、宮之浦川の干潟に海藻が育ってきました。ヒトエグサとボウアオノリ。
ヨウジガ高岳、高塚山など1400m級の尾根の森は、ちらりと冠雪しています。
でも宮之浦川はなんだか暖かそうです。 旧橋から水面をのぞくと、お、いるいる。
ボラ。40cmくらいか。砂に影が映ってる。水底をあさるようすでもなく、ぼんやりと徘徊しています。
その後を、クロダイ(チヌ)が2匹。30cmくらいの良い型。ボラに比べると、動きがなんとなく知的で、餌を探査するにもきちんとノウハウがありそう。
これらは川と海が交じる汽水域の常連です。
おや? こいつは・・・太ってるな。
よく見ると額に大きな角がある。テングハギです。サンゴ礁にいるような魚ですが、上げ潮に乗って河口にはいってきたようですが、何をしてるのだろう。
200mほど離れたところで水しぶきがあがる。目をやるとするどく翼がはためき、ウミウが飛び立ちました。ずうっとこちらに気がついていたのでしょう。さすが「鵜の目」
海水はこれから3月にかけてが最低温期だし、川水は雪解け水で凍るようで、決して暖かくはないのですが、なんとなく温んだ気分でした。
昨日の判決について、南日本新聞と朝日新聞鹿児島支社の記事を読んだ。
朝日の記事は、事故をきっかけに屋久島ではガイドを登録制にすることにした、という筋書きだ。事実と全然違ってる。
事故の方は、この不況のご時世で、山好きがどんどん登山ガイドに転業し始めている、という問題、登録制の方は、国を挙げてエコツーリズムを推進しようという政策の話しであって、この事故に関して二つには関連がない。
鯛之川の事故に関して、島内はほとんど無反応。せいぜいよそのガイドが勝手に変なところに入って事故を起こしてけしからん、という程度のものだ。
観光協会ソース部分の記事を一部引用する。⇒(2006年2月9日朝日新聞鹿児島版)
「屋久島観光協会によると、島内には日本最多といわれる200人近いガイドが活動しているが、県外出身者は8割を越える。県外在住者のガイドだと、金額や知識不足などから質などで客とトラブルになるケースもある。観光協会には、年間10件ほどの苦情がよせられるという。」
とあるが、この内容は間違いだらけだ。この件はあす観光協会に確認してから指摘するつもり。
またエコツーリズム推進協議会が「・・・屋久島ガイドの登録証がないとガイド業ができないようにしたい」といったことになっているが、そのような決定は少なくとも作業部会ではされていない。登録に強制力はない。
それに登録制は、とにかく最大公約数で合意をつくり、そこをスタート地点にしようというもの、認定制はまだ決定していないが、今のところスタンダードな知識のテキスト本を作成し、その内容に基づいて試験をしようというものだ。
専門分野に関して、より中身の深い単位制度も取り入れる、という計画もある。しかし、沢登りのエキスパートを養成できるようなものではない。
とにかく全般的に的外れで、一帯どうしたらこんないい加減な記事がかけるのだろう?と思ってしまう。
朝日に比べると南日本新聞はちゃんとした記事になっている。それでも認定制がこの手の事故を防ぐ抑止力になるという文脈は正確だとはいえないな~。認定制の中に沢登りガイド技術を盛り込むという発想は今のところないのだ。
それに登録・認定制度は島内のガイドを対象にしたもので、島外のガイドは無関係だ。
さらにエコツアーを除くと、登山ガイドに関しては、本州や九州のガイドより地元屋久島ガイドのほうが優れているということは、まったくない。残念ながら。
自分が関わる件に関して記事がかかれた経験があると、そのメディアの力量がどれほどのものかよくわかる。
朝日新聞、大丈夫か?
2年前、屋久島の鯛之川で起きたガイド登山遭難事故の判決が出た。業務上過失致死傷罪で禁錮3年、執行猶予5年ということだ。
この事故で亡くなった方々の悲しみと憤りはお察しするに余りある。この判決への評価など、私が口を出すようなことではない。
ただ現実的に考えてこの事故の深刻な点は、ガイドであった西郷さんがこのツアーに賠償のための保険をかけていなかったという点にある。もし執行猶予のない禁錮だったら、少なくとも3年の精神的猶予がもらえたことになるのかもしれなかった。執行猶予がついたのは、決して温情判決ではなく、直ちに賠償のための行動を開始しろ、という厳命が含まれているのではないだろうか。
だからもはや西郷さんを、他人が弾劾したりする必要は感じない。ガイドとしての未熟も軽率さに対しても、本人が誰よりも自覚し、後悔しているだろう。
判決がどうあったとしても、事故を起こしてお客さんを3人も死なせてしまった以上、その心理的責任も賠償もすべて本人にずっしりとかかっており、他に誰もそれをうべなうことは出来ない。
誤解を恐れずに言うが、私はその事故が起きたときの西郷さんの心の動きが、同じ仕事を担当する者としてとてもよくわかる。難しい判断を強いられたときの悩み、お客さんの力量への不安と予想外に行動がはかどらないことへのあせり、次第に悪化してゆく天候、撤退するのか他のルートからエスケープするのかの判断、本当にこの判断でよかったのかという疑念、判断が甘かったことを悟ったときの後悔、取り返しのつかない事故を起こしてしまったことの重圧感。これから果たしていかなければならない責任の重さ。
すべて自分のこととして共感してしまう。どう考えても他人事とは思えない。
この事故について、一般論をどこかから借りてきたような無責任な評論をしても意味がない。我々に出来るのは、この事故から何かを学びとることだ。現場で、どのような状況でどういう判断をしていったか。どこで判断を誤り、どこから取り返しのつかない状況につかまってしまったのか。判決に当たって検証された事故当時の詳細な状況の推移を公開してもらいたい。いかに今後の安全対策に役立てるか。このことに尽きると思う。
7日夕方、松本社長と打ち合わせの後、大山勇作さんの事務所へ行く。
いまどき「屋久島の自然は大切だ」ということに異議を唱える人はまずいないだろう。でも20年前の屋久島では、状況は違っていた。
勇作さんはそのことを、島内で40年前から認識していた人である。
'70年代は屋久杉伐採の全盛期で、'75年に小杉谷の壮大な屋久杉二次林を切り尽した勢いに乗って、林野庁も地元屋久島も、残りの森に矛先を向けようとしていた時代だ。照葉樹林でもパルプ伐採が進み、当時の観光写真集を見ると、前岳部分はいたるところで禿山化が進んでいたことがわかる。
勇作さんを代表とする「屋久島の自然を記録する会」は、1978年に映画「屋久島からの報告」を製作し、国有林の破壊的な伐採を初めて映像として告発した。この映画は様々な場所で上映され、屋久島で行われている自然破壊の現状を全国に知らしめたものだ。
また '70年代は屋久島に関するまとまった出版物が非常に少なかった時代で、その状況を払拭するように、1983年に『自然探訪 屋久島』屋久島の自然に関する解説書を出版、1985年に屋久久島初の植物図鑑『屋久島・花の旅』の解説執筆をされている。これがその後ぞくぞくと出版される屋久島関連本の嚆矢になった。
『自然探訪 屋久島』 大山勇作 書泉フローラ刊 1983初版(絶版)
つまり開発一辺倒の空気の中で、最も初期から屋久島の自然を守るために努力されてきた1人であり、同時に植物の専門家として屋久島側からその自然を記録し、紹介する仕事を切り開いてきた、ほとんど唯一の人なのだ。
YNACの松本も小原も、勇作さんの著作から屋久島の自然について学んできた。
したがって我々の先生でもある。
さて、昨日はその『自然探訪 屋久島』改訂の話だった。
古典とも幻ともいうべきこの本を、現代版の屋久島学のテキストとしてグレードアップする。具体的な話はまだまだこれからだが、やりがいのある仕事になりそうだ。
・・・で、つい話が盛り上がってしまい、打ち合わせそっちのけで遅くまでお邪魔してしまった。詳細はこれまた後日。
『屋久島・花の旅』イズミエイコ 月刊さつき研究社 1985(絶版) 文:大山勇作 写真協力:大牟田一美
さて、勇作さんにちなんで(?)、屋久島植物クイズです。
○桑田佳祐が好きな花はなんでしょう?
今日は久しぶりに白谷雲水峡へ行きました。
去年、楠川歩道に忽然と現れた落石。近くには崩れ出した跡が見当たらないところを見ると、かなり上から落ちてきたのでしょうか。
朝のうちは乾いていたヒノキゴケが、ふわふわしてきました。雨の予兆です。その後屋久島を寒冷前線が通過し、大雨になりました。
白谷山荘の「ストロー」。これは鍾乳洞地形のひとつで、山荘の玄関の上に成長しています。屋根のコンクリートスラブにひびが入り、そこに沁み込んだ雨に溶かしだされた炭酸カルシウムが、沁み出してくる滴下点の周囲にストロー上になって析出してできたもの。酸性雨の影響でしょうか?
「もののけの森」という看板の設置は、いかにも思慮のたりないものでした。看板は写真撮影欲を高めますので、登山道の鑑賞ポイントの踏み荒らしがすすみ、こんなことになってしまいました。
屋久島ガイド連絡協議会オウレンの会が何度も改善案を提出している通り、いまからでも看板を撤去し、踏み込みを防ぐ措置を取るべきでは?→責任官庁の屋久島森林環境保全センター様
運営委員会。出席6名+事務局1名。少ない(って、私も欠席させてもらおうとしたのだが、事務局の久美ちゃんから許可が下りなかったのでした・・・)。
本日の議題は認定制、西部、協力金関連、クレーム処理委員会等。
協力金に関しては、山岳部利用対策協議会での話が報告されました。またぞろあきれた話が登場したらしい。詳しくは近いうちに書きますが、とにかく理由をこじつけてでも人から協力金を取るという既成事実を作りたいと思っている行政・団体がいくつかある。
私は、屋久島を訪れる人に対し、当然のような顔をして協力金を「要求」するような卑しいことはしたくないと思っています。
この問題が起きる原因は、一つには白谷雲水峡で「協力金」を独占徴集している林野庁が、上屋久町営だからという理由でそのお金を白谷山荘のトイレの処理に供出することを拒否していること。
もう一つは、林野庁が同じ理由でヤクスギランドのトイレ(町営)にも協力金を出していないこと。
林野庁が皆さんから集まった浄財であるはずの協力金を、自分のものだと主張して握って離そうとしないので、他の役所がじゃあウチも・・・とまねをしようとしているわけです。
詳しくはまた明日。 (今日?)
蛇之口滝に行きました。
暮れに見たツワブキはもうとっくに種を飛ばしてしまいました。途中で見かけた花をいくつか紹介。
途中の土石流跡。ここが崩れたのは確か・・・6~7年前だったと思います。いち早くアオモジの群落が育ってきました。典型的な植生遷移です。これは今年の初アオモジ(?)
サツマイナモリ。日差しがちらりと差し込む窪地にさりげなく咲いてますが、沢の岸や水のしたたる山道脇だと、茎が地を這いわさわさ伸びて、大きな群落を作ります。開花は白谷に比べると3ヶ月は早い。
近縁の「イナモリソウ」は、三重県の稲盛山で名がついたというのだが、その稲盛山が三重のどこにあるのかわからない。どこなんでしょう。
ナンゴクウラシマソウ♀。テンナンショウの一族ではあるのですが、付属体の長~い「釣りざお」は謎。何でこう長くなったのか考察中。
オオゴカヨウオウレンの開花。オウレンの花子房とめしべが特殊で、分類学的に被子植物と裸子植物をつなぐ可能性のある、「高貴な血筋」の一族。(Respect for西田治文教授)
ちなみに現在生薬として知られているのはもっぱら別種の「オウレン(キクバオウレン)」で、石川・福井・兵庫が大産地です。昔は屋久島でも採集していたという記事を何かの古文献で呼んだ記憶があるのだが・・・。
オウレンの薬効として、一番すごいのは「不老長生」ですね(感嘆)。
他にも(?)瀉火・燥湿・解毒ということで、健胃、整腸や、消炎(皮膚・粘膜の炎症、充血)にいいそうです。
蛇之口滝壺。ここから滝のスケールを描くのは難しい。航空写真では見えている部分の上に、スラブが250mほど伸びているのがわかる。高さも全部で100mくらいあると思います。屋久島最大の滝の一つです。 モデル(ものさし)はMさん。
いい陽気でした。
屋久島の美味いもの。果物か魚介類・・・に、なってしまうなあ。
確かにポンカンとタンカンはうまい。なんといっても有機栽培のものに限る。
野菜もうまいな。
魚は本当のところ、どれくらい採れているのだろう? よくわからない。
貝は本格的に資源が枯渇してきたと思う。
「ヤク」の名がなにに由来するかについてはまだ定説が無いが、古代から貴重品として珍重されてきた「夜光貝(ヤクガイ)」と同根であるという説は非常に説得力がある。現在はヤコウガイというが、おそらく当てられた漢字の読みから二次的に発生した音だろう。
ヤコウガイは巨大な肉食の巻貝だが、13年前に栗生で見つけて以来、一度も見ていない。(その貝を採らずに見逃してやったのに、S氏が採ってしまった。)
スイジガイの大物も、ホラガイも見なくなった。シャコガイ類もめっきり減った。
イソモンとりはもう穴場狙いか他島への侵略、でなければ外道狙いくらいしか収穫の手がない。セ(カメノテ)も同じだ。
観光化攻勢で直撃をくらったのは、実はイソモン採りではないだろうか。
島内のちまたでは、「どこそこのガイドが客に採らせているのでいなくなった」式の批判がやっぱり出るようだ。YNACのシーカヤックツアーなどでもたまにイソモン採りをしておかずにしたりしているが、それが原因だとはとても思えないなあ。
一般に狭義のイソモンと呼ばれる貝は「イボアナゴ」という種のことだ。
ナガラメ(トコブシ類)は統計資料があるのではないかと思うが、(まだ問い合わせていません)イボアナゴのように市場に出ない水産物には比較データがないので、あまり確かな話は出来ない。それでも10年以上前から獲物は減少気味ではあったと思う。
それが店や宿で郷土料理、地のものとしてイソモンやカメノテをもてはやすようになり、経済に組み込まれてから、目に見えて獲物が少なくなってきた、というのが、イソモン採り好きとしての生活感情的実感。これらの生態もまだ調べられていないはずだ。
採り過ぎだけでなく、他の原因も考えられる。
イボニシという巻貝が極めて微量の有機スズ(トリブチルスズオキサイド)を海水中で嗅がされるとメスはオス化してしまう。この事実が明らかにされたのか、日本で環境ホルモン問題が知られる嚆矢となった。
私は20年ほど前に、奄美大島でまさにその有機スズ剤をつかった養殖魚網の汚染除け作業や船底掃除を行っていたので、他人ごとではない。その後厳しく規制されたとはいえ、影響がないと言える根拠はない。
海はつながっており、屋久島の海洋生物は関係ないなどということはありえない。
・・・
さて、やまけんさんのブログに種子島出張の記事がでたのでびっくり。ブダイの竜田揚げ以外は屋久島と同じ料理だ。こうやって紹介されてみると、じつに美味そう。焼酎「安納」もうまそうですね。
・・・『若竹』、行きますか。
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