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岡山理科大コケ研究室来島中。精力的にフィールドワークにでかけている。屋久島側からはシダ同定の第一人者K氏 (カシムラではありません)がN先生に徹底的にしごかれているらしい。
い~なあ。こりゃあきっとK氏に大きく水をあけられるなあ。こちとらドタバタ引越し中で、今回はどうも参入する余裕がない。いくら処分しても増える資料の整理だけで、時間が経ってしまうのです。
それで夜の部にだけおじゃましてきました。たぶん見たことがないだろうと、手みやげに晩白柚(ばんぺいゆ)をもっていって驚かせてやったのですが、その巨大な実を男性3人がぺろっと返り討ちにしてくれたのが痛快でした。
で、コケについて野心的ななまぐさい話を、いろいろしてきました。
3月17日 第2回屋久島山岳部利用適正化推進地元会議(主催:環境省)
会場:屋久町安房総合センター1F会議室
環境省が屋久島の山の利用のコントロールに乗り出した。公募で参加者をつのったこの会議の検討内容は、対応に濃淡はあるが次の5点。
1 利用上の課題(奥岳の利用の将来像)
2 施設の整備・維持管理の強化
3 利用のコントロール方法
4 利用の分散化
5 その他山岳部利用対策協議会(別の会議)への提言等
2月27日の第1回会議は、討論の道筋が整理されておらず、てんでに物申すの会になってしまった感があるが、今回はやや意見集約らしくなったかもしれない。
議題は、3の「利用のコントロール」に絞られ、何らかの形で利用のコントロールは必要だという点で出席者の意見は一致したが、具体的に提案された「登山メインルートの完全予約制」については環境省側のつめが甘くて現実的なものではなかった。
(ピントがずれている、肝心の日帰り縄文杉登山の混雑を緩和するためにはそれではダメだ、いや縄文杉の制限には反対だ、など様々な視点から意見が出された。)
印象深い発言としては、「生命の島」の日吉さんの、利用コントロールシステムを管理するためのコストを環境キップのような全島的な管理システムに結びつける覚悟はあるのかというタイムリーな質問、またYNAC市川の「利用調整区域」の導入と「ガイドの認可制度」に関する意見、などがあり、将来ビジョンを考える上で、重要な指摘だと思われたが、その件に関しては環境省側からのダイナミックなコメントは得られなかった。
この話題でずいぶん時間をくってしまい、会議に進展があったとはいいにくい。荒川林道や駐車場の利用規制は、なんらかの形で進むことになりそうだが、全般的に専門家による現実的な議論がまだまだ必要だろう。
問題は終了時間間際で議論の沸騰したトイレ処理の方策だ。ヘリ搬出方式がもっとも安価で機動性もある優れた案なのだが、なぜか人件費のかかる担ぎ下ろし方式が推進されようとしている。入山料をとるためにあえて大変そうな姿を登山者に見せてアピールしたいという思惑が、環境省というよりは、観光協会や山岳部利用対策協議会あたりで出てきているようだ。
どうも島の中にも観光化の悪しき影響、心の汚染が進んできた気配がある。
だいたい利用者の身になって考えるという視点が完全に欠落している。こんな案がまかり通るようでは本当に屋久島の将来が心配だ。もっと世界遺産らしいスマートな方策があってもいい。このことに関してはデータを整理して、後日きちんと報告したいと思っている。
屋久島が生んだ鬼才、ワタナベ□ガハク のギャラリー。
狙いすまして設計された淡白な色彩と、微妙にななめな脱力系ユーモア。ペンギンボーリング、モリアオガエル石鹸、シマウマ弓nice。迷宮のようなサイトだが、1ピンを狙って、どうぞ。
本日、春の低気圧が通過。太平洋上の高気圧から南風が吹き込み、短期集中型の大雨になりました。
大川之滝は久しぶりに大増水。動画をアップしてみます。爆風の中で撮影したのでレンズにどんどん水滴が・・・。Windows MediaPlayer用 0.78MB
水量が多く、なかなかのスケールです。新緑が始まり、滝への道中にもいろいろな生き物の動きがあります。
チャウロコタケ(たぶん)。ぽつっとつぼみ(?)がでてきて、そこからウロコ状のきのこが成長してゆくようすがよくわかります。でもこの手にかぎらず菌類の種同定は不如意。
アラハシラガゴケの胞子体。「さく」を覆っていた「帽」が取れかけているところ。木の芽流しが始まると、コケの新緑や生殖が進みます。コケも難しいが、図鑑・文献と首っ引きで調べればなんとかわかります。
ゴージャスな花を発見。ヤマモモの雄花のつぼみ。
そしてヤマモモ雄花が開花したところ。 地味な風媒花ですが、拡大してみるとこんなにきれいです。左の葉についている小さな白い粒は、おそらく花粉。
テングザル雲vsツガ
海岸に近い小さな渓流沿いの調査地。流れに沿って下ってゆくと、海が見えてきました。・・・かなり下の方に。
渓流は、海岸段丘の肩からかなりの滝になって落ちていました。高さ20mくらいか。
落ち口から身を乗り出してみると、永久保海岸の絶景です。海岸の断崖には、降りられそうなルートは簡単には見つかりそうにはありません。
しかし海は青く、いい眺めだ。
昨夜、ガイド部会運営委員の仲間が急病でヘリで鹿児島に搬送されました。登山道整備や捜索救助活動の中心になっている方です。こういう時の周囲の無力感は、離島ならではのものかもしれません。 たまたま出張中の松本社長が鹿児島に寄ってお見舞いにいってくれることになりましたが、屋久島側では、ただ祈るしかありません。
シカの個体数と植生の関係を調べるため、YNACは現在①西部の半山、②田代海岸の森、③白谷で下層植生とシカの個体数調査中です。
YNAC市川調査委員長の指揮の下、佐藤、立田、小原が調査にあたっています。(国有林の調査に関しては林野庁屋久島森林環境保全センターから入林許可をとっています。)
これは25mラインを引いて5mおきに1㎡のコドラートを置き、その中の下層植生を調べているところ。調査員は短期研修生の立田です。
調査場所を変えてそのエリアの植生の特徴を平均的に拾い上げられるようにします。
しかし樹木などはともかく、現在カシムラ不在でシダの種名同定が非常に難しい。コケも白谷ならともかく亜熱帯系の場所ではまだ顔を見当けるのも簡単ではありません。
が、次第に成果は集まってきています。詳しいことはいずれまた。
近いうちにモッチョムの森も調査する予定です。
本日は屋久島高校の卒業式。
モスグリーンの制服は屋久島の森のイメージか。スギの新緑ににた色調。
日高町長の祝辞も楽しかったし、2年生のTさん(現生徒会長)の送辞もすばらしかった。しかしクライマックスは前生徒会長M君の答辞でした。
先生方への感謝、保護者への感謝、下級生への言葉とクールに決めてゆくM君、しかしともに卒業する同級生たちに語りだしたところでついに感極まり、しばし絶句してしまったのです。
あとでお母さんから聞いたところによると、担任のW先生が彼のフリースタイル志向の答辞をかなり矯正して、クールな原稿にまとめたらしい。同級生への部分はカットされたそうです。それに納得できなかったM君は、当日の朝そのくだりを新たに書き上げ、答辞のなかにこっそり仕込んでいたのです。
カットされた理由は「Mは涙もろいから、ぜったい途中で読めなくなる」。
先生の読みどおり、胸にあふれる思いを必死に飲み込もうとするM君。その彼の想いが皆に伝わり、会場の体育館は強い共感と感動に包まれます。何とか立て直して結びまでたどりついた彼に対して、大きな拍手がおこりました。列席者としては本当にスタンディングオベーションを送ってやりたいくらいの気持ちでした。
式の後、クラスに分かれて最後のHR。連絡事項や挨拶がおわり、最後に生徒が1人づつ親へ短いスピーチをして花を贈るということになったのですが、これがまた意外な本音あり細やかなこころ使いあり、涙で言葉にならない子もあれば、爆笑の親子漫才もありと、あたたかな心情につつまれた好企画になりました。
島の卒業式というのは、ほとんどの家族にとって島外への就職あるいは進学、つまりは長の別れを意味します。地域の庇護を離れ、これからは否応なしに自分ひとりだという覚悟をすることになる島の子の感性は、本土地域のものとは少し違うかもしれず、本当に「旅立ち」に近いものです。
春の嵐が吹き荒れるあいにくの天気でしたが、いい卒業式でした。
町の中心はなんといっても熊本城。市電を降りて櫨方門をくぐると、いきなり飯田丸五階櫓の威圧的な石垣がそそり立つ。まさに難攻不落の要塞という迫力です。来年の築城400年祭にあたって、城郭建築の全復元を目指しているということで、石垣も新しい石で修復されていました。石の種類は近郊にある金峰山の安山岩。
竹の丸長塀のかたわらにある大クスノキ。
場内にはこのように胸のすくような巨大なクスノキが何本も、高々と立っています。築城前からある木で樹齢800年との解説でしたが、ここは長塀の上のフラットな造成地です。本当にその樹齢なら、築城前にすでになにか建築があったということになります。
天守閣から西を見ると、修験の霊峰、金峰山です。石垣の安山岩はこの山から採掘されています。市内には電柱がないので見上げる空がきれいです。
意外だったのは、城を訪れる観光客の大半が韓国人だったこと。大家族のグループごとに大いに盛り上がっており、私もカメラのシャッターを頼まれました。加藤清正公は韓国では蛇蝎のように嫌われていると聞いてましたが、そうでもないのかな?
熊本大学五高記念館前庭の大ソテツ。種子島の大ソテツも凄いが、これも凄い。建造した時に一緒に庭の植栽もしたのなら、樹齢100年ほど、ということになるのでしょうか。
熊本は旧陸軍の町でした。もともと軍用に造られたこの記念館と前庭ですが、見るからにすばらしい設計です。熊本城といいこの記念館といい、軍事的なモニュメントが本来の用途から開放されて、地域の精神的中心となっているわけですが、なかなかいいものでした。
九州新幹線。鹿児島⇒熊本がたったの1時間でびっくり。地元木材製(確か)のシートは快適。
熊本駅周辺は、意外とこぢんまりしてましたが、新幹線と平行して再開発するらしい。写真奥のJRホテルの垂れ幕に注目。
熊本城北側の街路樹ですが、これを娘のフウコは「バイキンの木」と表現しました。なるほど。
しかし木の本名は「フウ」だった(笑)。たしか台湾にあった木です。
今回の目的の一つはスイゼンジノリ(藍藻)の自生地を見ることでした。これは上江津湖の湧水。クレソンが茂ってます。熊本は阿蘇からの伏流水が豊かに湧き出る町で、スイゼンジノリはその湧水の環境でのみ生きてこれた種なのでしょう。しかし周辺をうろついてもそれらしいものは発見できない。
熊本動植物園にお邪魔して質問したところ、自生地は壊滅状態で、栽培を試みてはいるのだが復活のめどはたっていないとのことでした。
(現在の地球生態系の基礎を作ったのが藍藻の仲間です。)
つづく
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