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2006.05.15

『世界遺産をシカが喰う』その2

興味深かったのは横田岳人さんによる紀伊山地の報告(pp105-123)と前迫ゆりさんによる春日山の報告(pp147-165)の報告だ。

数年前に大台ケ原を訪れたことがある。山頂部のトウヒ林で噂どおりの悲惨な食害を見たのだが、その後で口直しに西大台のブナ・ナラ・モミのすばらしい森へ向かった。ほっとしながらさわやかな草の小道を彷徨いながらその美しさを称えたものだ。

ところがこの報告によると、そのすっきりした林床さえも、以前はスズタケが密生した猛烈なヤブであり、それがシカによって10年ほどで食い尽くされた跡だったというのである。まったく、知らないということは怖いものだ。

この報告では、シカの食害を受けた後の状況がいろいろ検証されているのだが、興味深いことに、指摘されている各被害の結果が、我々が観察している屋久島の「原生自然」の性質と一致するように思えるのだ。(以下文章は引用ではなく小原が本文の文意をまとめたもの)

「大台ケ原の森林帯に生え、成長点が地上部にあるスズタケはシカに食い尽くされてしまうが、風の強い尾根部に生え、成長点が地際にあるミヤコザサは喰われても芽を出し続けることが出来、生き残る」 

⇒ 屋久島「森林内にスズタケタイプのササはなく、山頂部をミヤコザサに似た性質のヤクシマダケが被っている」

「大峰山のオオヤマレンゲは食い尽くされ、もはやシカ除け柵の中にしか生き残っていない」 ⇒ 屋久島「オオヤマレンゲはごく限られた一部の山の、背の届かないような岩の上にのみ成育している。」

「大台ケ原でも春日山でも、シカの食害を受け続けると、食べやすい植物は食べつくされてしまい、相対的に毒やトゲがある忌避植物が広く優先してくる」 

⇒ 屋久島 「シカの多い場所で優先する下層植生の多くは忌避植物または着生植物である。ヤクスギやアザミは全国でも特異的といえるようなトゲトゲしさとなり、食べやすい夏緑樹は高木や岩場に着生して難を逃れているように見える。オオタニワタリやヒトツバ、ノキシノブなどの着生シダは全般に忌避性を失っているのか、地上に落ちると速やかにシカに喰われてしまう」

「春日山照葉樹林ではカシ・シイ類など優先種の後継樹が喰われてしまうため、優先種の少ない不安定な森林に変化している」

⇒ 屋久島「西部照葉樹林はシイ・カシ類など照葉樹林で優先するはずの種が優先していない、妙な森である」

「ササなど下層植生が消失すると、土壌が流失して木々の根が地表に露出し、風倒・根返りを起こしやすくなり、土砂崩れにいたると思われる」

⇒ 屋久島「土壌は流失し、常に薄い。植生がなくなると大規模な土石流が発生し谷を埋める。渓谷には巨岩が多いが、これはシカの影響に先立つ、7000年前の幸屋火砕流によって大規模な植生破壊の結果かもしれないが。」

まあこれらはほとんど観察結果であって、科学的に検証されてもいないし、われながら舌足らずだとも思うのだが、つまり屋久島は、紀伊半島で現在起こっているような「被害」を、とっくの昔から受け続けている、という印象を受ける。屋久島ではそれらは「被害」ではなく「環境」なのではないか。

鬼界火山の破局的噴火は屋久島の生態系を壊滅させた。その後の荒廃した島の中で、ある種は滅び、ある種は生きながらえ、少しずつ島外からの来訪者を加えて生態系は復活してきたはずである。その中で他所とは異なるフェイズの、シカVS植物の安定機構が磨き上げられてきたのではないか。そんな思いがしてならない。

屋久島にはオオカミなどのシカを捕食する動物はいた証拠はないし、人間による狩猟圧が高まったのはせいぜい明治以降、それより古いとしても薩摩藩政時代より遡るものではないだろう。屋久島で植物が生きてゆくには、シカの脅威に立ち向かわなければならず、種ごとにそれをクリアする方法をもっていなければならない。乱暴な言い方をするなら、シカが多少増減したくらいで滅ぶ植物は、とっくの昔に滅んでいるはずなのである。

この非情な、巨大な実験のようなシステムが機能した果てに、現在の屋久島生態系があるのではないかと私は思う。生物多様性の保全は確かに重要だが、シカをとにかく「害悪」として殲滅するという考えは、論拠が不十分すぎる。

シカを取り除けばそれは喰われずに済むシダはあるだろう。しかし他所と違ってヤクシカの食圧が安定した「環境」であるなら、それは非常に人為的な、不自然な行為だといえるだろう。

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鹿対策に狼の導入 参照 http://japan-wolf.org/content/faq/

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