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2006.11.05

石を立てる、石を積む2

061104_036

さて、以前その「石立て」を見かけた場所に、↑こんなものがあった。

ケルン。登山愛好者なら普通そう思いますよね。わかりにくい場所に、目印として石を積んでおき、後に続く人々の安全のために「こちらが道ですよ」とアドバイスを送る、登山の基礎知識のひとつである。

でも、状況から判断すると、この石積みの作者は、たぶんそんな発想はまったくなかったようだ。登山とは無縁の人で、たぶん屋久島で初めて本格的な自然の姿に触れ、心楽しく石を積んで遊んだのだろう。

問題はここなのだ。いままで登山の文化が存在していたところに、そうとは知らずに観光の文化が急激にしかも大量に入り込み、無邪気に侵略してゆく。

侵略される方はいら立って、「山をなめている!」などとと叫び、けんめいにその非常識をなじるのだが、なじられた方はその「常識」なるものを共有していないので、そこに異文化の反発が生じていることになど気がつかない。きょとんとしたまま無邪気に遊び続ける。

いや、ケルンのことを言ってるのではなくて、全般的なことです。「常識」も「ルール」も、あくまでそれを共有している集団の中でのみ有効なのである。共有していない相手に「普通は」とか「日本人なら」とか、共有を強いてみても意味はない。

(自分の持っている「常識」を、普遍的なものであると思い込んで疑わない人は少なくない。)

地元受け入れ側にしても、突然観光にかかわることになって、求められるまま (よくわからないまま)、アドバイスをしてしまったりする。これもまた侵略される側にとっては、苛立ちのもとである。

つまり、よく言われる「観光客の侵略にいら立つ地元」という話ではなく、「島内外からの無邪気な観光侵略にいら立つ、以前からのごく少数の登山愛好者」という摩擦がひっそりと生じている、ということ。

登山技術というのはかなりのトレーニングと経験の蓄積を必要とされるものなので、山屋は一般に専門家としてのプライドを持っている。

なので、訪問客だろうと島民だろうとわかってないシロートがてんでにいろいろ言うのはやめてくれ~っ!と、もはや多勢に無勢の状況のなかで、ひっそりとつぶやきあっている現状なのである。

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コメント

何より、屋久島を登山と思ってすらいない、観光客が多い気が・・。
そもそも、観光気分で行けるほど整備された自然ではないと思います。
観光地ではないのに、観光地化してしまった。とは言いすぎでしょうか?島内に関しては何も言えませんが・・・。

新しい観光地にならなければいけない、と思ってます。
ここでいろいろなことに気付いたり、学んだりできるような。
今までどおりの、ただの観光なんてつまらないじゃないですか。

それとやっぱり「水」ですね。飲んだり飛び込んだり(笑)。

そうですね。水の存在は大きいと思います。沢の水が飲めるということは、とても大事で意味があることだと思います。もちろん飛び込むことも。

新しい観光地、確かにその通りかもしれません。
見聞を広め、環境や自然について考えたり、学んだりそのきっかけになれたり。
僕自身にとっては全くその通りでした。水も含めて。

 「以前からのごく少数の登山愛好者」という表現、
私も仲間に入れてもらいたいです。

 シーラカンスのような旧態依然の軍国主義登山を
愛している、ネオナチぽい私には、現在の屋久島の観光のありかたの理解ができていません。

 どなたかご教授ください。そして、無邪気な観光客との
相互理解をするヒントをください。

おお、わかる、わかるよ(笑)。
登山の基本は「行軍」だもんね。

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