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2007年12月

2007.12.31

山と渓谷2008年1月号

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大特集で『読者1000人に聞く!わが愛する山』とうたい、ヤマケイウェブサイトの特設ページで集められたアンケート(有効回答数1021票)の結果がまとめられている。
ランキング時代らしい趣向だが、これがなかなか面白い。

メイン設問はもちろん「好きな山No.1」である。派生項目の「登ってみたい山」を合わせてベスト5は、穂高、槍、富士山、北岳、剱岳という不動の顔ぶれ。
「登ってみたい山」で北岳と剱岳の順位が入れ替わるが、これは剱岳のほうが困難なのでまだ登っていない人が多いからだろう。

「好きな山」は以下順当に、白馬岳、八ヶ岳、立山、甲斐駒ヶ岳、白山と、ファンの多い中部地方の名山が続く。ところが「登ってみたい山」のほうは6位以下がらりと変わる。

なんと、6位にわが屋久島宮之浦岳(好きな山23位)が堂々ランクインだ。

ついで7位が利尻(好きな山17位)、8位大雪山(好きな山14位)で、ここまでの8座(山は「座」で数えることになっている)がすべて百票以上をかせぎ、それ以下に格差をつけてベスト8を構成している。これに次ぐのは鳥海山、飯豊山で、やはりやや遠めの北日本名山だ。

つまり、ベスト5は問答無用の憧れの大スター、ベスト10は遠くにそびえなかなかたどり着けない憧れの山、である。

深田百名山のひとつで、世界遺産登録でも耳目を集めている知床の主峰羅臼岳は27位(好きな山57位)と、特に注目されているようには見えない。

屋久島が登ってみたい山6位に入ったということは、百名山に入っているとか、世界遺産だから、とかいうこととは少し違う意味合いがあるのかもしれない。たとえば存在感の濃厚さというような…。このへんは考証してみたいものだ。

なおベスト50座の得票数をざっと足してみると2334票になった。アンケート用紙を見ていないのでよくわからないのだが、好きな山を順位つきで2~3座上げてもらい、
1位は3点、2位は2点、というように集計を調整したのだろうか。

アンケート回答者に関する直接データはカットされているが、回答したのは、本誌を購読しヤマケイサイトを「お気に入り」に登録している東京や関西の都市部在住者が中心だろう。これが今の国内登山愛好者の動向を示しているかどうかは不明だ。

むしろアンケート結果から、このアンケートに回答した人たちの姿がしだいに明らかになってくるという読み方ができる。

「好きな山の本はなんですか」という設問。登山という活動は記録文や紀行文を残してナンボというところがあって、昔から活動と出版が連動することが多く、「山岳図書」というジャンルすら存在している。

ところがこの設問の結果は、加藤文太郎、新田次郎、深田久弥、井上靖、植村直巳と、何のことはない私が高校生の頃から古典だったものばかりで、それに最近の山岳漫画が2点が加わっただけだ。このへんの風通しの悪さに、登山の世界の閉塞感を感じないでもない。

まあ他にもいろいろ設問はあり、好きな登山道具などもけっこう面白い。

そして最後の驚きの結果。「好きな登山家はだれですか」。 

5位は岩崎元朗氏。中高年登山者層に勇気と自信を与え、日本の一般登山中興の祖となった存在として順当なランクインであろう。

4位は山野井泰史氏。現代日本最高峰の登攀実績の数々と、クールだが詩情あふれる著作をみればこれまた当然の評価であろう。

3位が加藤文太郎氏。…いまだに人気の続く実力派ストイック登山の教祖、文太郎さんだが、いいのか、それで?

2位が植村直巳氏。植村さんも大自然に向かう衝動というものを体現した金字塔だが、いくらなんでもいまだに2位とは。

では1位は…

1位は野口健氏であった…! 30代以上女性票を一手に集めたもよう。はい、コメントなしです。今年最後のエントリーでした。お疲れさま~。

なお、第2特集「日本山岳風景遺産」の5に、『屋久島のシャクナゲ』が取り上げられていました。撮影は屋久杉自然館館長の日下田紀三さん、黒味岳からシャクナゲ越しに宮之浦岳を望む作品です。

2007.12.27

岡山理科大 虹の実習@屋久島

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岡山理科大学 生物地球システム学科の屋久島実習です。雨に追われながら、虹の印象的な3日間でした。

1日目、まず安房の鹿児島大学研究ステーションに拠点を置き、安房ヤクスギランド線沿いに、照葉樹林からヤクスギ林へ植生の変化を追い、樹木班、草本班、植生班に別れて調べてゆきます。この日は紀元杉まで。(寒かったので早めに敗退。)

 

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2日目は白谷林道の下部と上部を見る予定でしたが、現場に着くと同時に大粒の雨が降り出したため、雨風を避けて島の反対側に移動。照葉樹林の自然林、スギ人工林、渓谷、工事跡などの見られるポイントで実習。某先生による「クワズイモ舐め」という人類食物文化史を再現したような過激な体験実習も行われたようです。

フィールドワークの後は標本作製が待っています。上の写真のように、クワズイモのような大型植物を標本にするのは、なかなかの大仕事ですが、しかし植物学を学ぶ上では必修の技術です。

3日目はやはり雨に追われ、南岸へ。

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山は大雨で、途中の小田汲川や鯛之川などは大増水。モッチョム岳には虹と泥渕川の幻の大滝がかかっていました。この写真では見えないのですが、モッチョムの中腹に美しい虹がかかっていたのです。

 

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荒波の山之瀬フィッシングパークです。ここでは海岸性照葉樹林の観察。海岸段丘には備長炭の原木として知られるケウバメガシが優先し、岩場には海辺の草本も見られます。タイドプールは大波のため近寄れません。しかしここもやがて雨に見舞われ始めたため、さらに西の大川之滝と栗生へ移動。

  

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栗生のマングローブ林は、構成種がメヒルギだけという単純なものですが、種子島の熊野海岸とともに最北のマングループ林として貴重なものです。15年ほど前に群落のある干潟の侵食を防ごうと、前面に角張った砕石をダンプで撒いたため、メヒルギの根元がこすられて枯死し、全滅寸前にまで追い込まれました。(後方の群落)

現在は有志グループにより育成された若い木々が干潟の上に元気よく伸び、今年はすでに実を成らせています。(手前の群落)

雨のおかげでこういう予定外のポイントもじっくり観察することが出来ました。

滞在中、食事は自炊でしたが、N先生の指揮のもと豪勢に魚など買いこんで、研究ステーションではなかなかゆたかな食生活をおくっていたもようです。

YNACとしても学生実習についてはまだ試行錯誤の段階ですが、それでもしだいに内容のセレクトやプログラム構成のノウハウなどがつかめてきました。

自然を志向する学生さんたちが屋久島で素晴らしい体験をすることは、屋久島にとってもさまざまな面から重要なことだと思います。学生実習は今後力を入れてゆきたい分野のひとつです。

2007.12.24

波状雲@ヤクスギランド

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波状雲というらしい。ヤクスギランド苔の橋付近から西の空を望む。

北西の風がふいており、この雲は風向きに対して直角にできる。雨の予兆という話もある。今日は一日いい天気だったが、明日から岡山理科大の実習が・・・。

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おまけ。昨日の大雨で森は潤っている。これはコスギゴケ(たぶん)の胞子体。

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おまけ2。『ヤクシマハートスミレ』

2007.12.22

バイオトイレに逢いたい

三代杉のバイオトイレを見学に行きました。「もっともらしいことを書いているんだし、バイオトイレも一応今年中に見とかないとね」 

こういう軽いノリで久しぶりに軌道を歩き出した軟弱な精神には・・・

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長っ!

  

片道5キロといえば普通なら歩いて1時間くらいの距離で、そうたいしたことはないのですが、この果てしなく歩きにくい線路敷きには、いくつになっても慣れるということがありません。

縄文杉にでも行くのなら、長さもまた修行ということでそれなりの覚悟が入るのですが、しかし今回は「一応見といてやるか」的な傲慢さがあったためか天罰が下り、長いこと長いこと。

何かまた軌道の新設工事をやってる境谷の橋を過ぎ、やっと三代杉小杉谷荘跡のバイオトイレに着きました。

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おお、これがそうか。やっと来ました、屋久島初のバイオトイレ。

うん、いいんじゃない。まず横手に回ってみました。

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阪急交通社さん、ありがとうございます。

ふむ。オガクズに落とし込んだところをかき回すためのモーターを動かすため、電気が必要なんだ。でも普通は暖めるためのヒーターも使うんじゃないのかな。ここのは発酵熱だけで足りるんだろうか。まあいずれにしても電線の引いてある小杉谷線でこそ導入可能というわけね。するとやはり、高塚にこのままは難しいなあ、淀川ならもう電線を引っ張くくらいやらないとダメかもなあ。

まあそれはともかく、せっかくここまできたのだから、その快適な使い心地を試してみなければ。

ガッ。

ドアが開きません。 おいおいありえんでしょう。締め切りかよ。でももう一部屋あるし。

ガッ。

・・・。 なんということだ。往復10キロを歩いてはるばる逢いにきたというのに、無常にも門前払いです。

というわけで、仕方がないので、はるばるとまた軌道を歩いて帰りました、とさ。

余談: 帰りに小杉谷休憩所で水を飲んでいると、ずるずるっと音がします。見ると女性がこちらを見ながらカップラーメンをすすっている。こんちわー、と声をかけつつ、なんとなく目を合わせないように、広場の片隅でくずれたカントリーマムなどつまんでいると、

「あのー、帰りはそっちでいいんでしょうか?」

え?

見るとこんな感じの人でした。

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肩から小さなバックをかけています。暖かそうなスタイルではあるんですが。

ええと、荒川登山口からいらしたんですか?

「そうなんですけど、朝早かったから意識がもうろうとしていて、よくわかんなかったんです」

・・・よく落ちませんでしたね。・・・ああ、そっちに行くといいですよ。

「どうもー」 すたすた。

・・・気をつけてね。 

まあ、よくあることなんですが。

もうとうの昔に、雨具持ってますか、などとチェック入れることはあきらめてます。しかしねえ。

そういえばあのカップラーメンはどうしたんだろう。

 

2007.12.21

白菜の日々

冬野菜を作りそびれているので、自前ではないけれど、このところ手に入る白菜がやたらにうまい。

昨日の白菜鍋。脂身のついた豚肉を油を敷かずに鍋でいためる→白菜を入れ水ひたひたで10分くらいコトコト煮る→醤油を少し入れる→完成。簡単です。屋久島塩と七味で食べる。

いろいろ内部の仕事をしているうちに年末が近づいてきます。明日…いや今日か、ついにデビューした小杉谷のバイオトイレを見学に、新品の「ストームクルーザー」を着て行く予定です。

2007.12.19

シカが喰っていたものは・・・(自然の掟に弱い方は見ないで)

YNACは西部照葉樹林でシカの観察を長年続けており、時々びっくりするような事を見てしまう。

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12月16日午前11時頃。雌のシカが何かを食べている。

このシカは首輪に発信機をつけられている。これは北大のAさんの研究機材で、ラジオトラッキング法でシカの行動を調べるためのものだ。

その首輪メスがこちらを気にしながら、しきりになにかをかじっている。ふっと首を起こすと・・・

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何か棒のようなものを奥歯に咥えていた。ゴオリ、ゴオリ、と熱心にあごを動かし続けている。その「棒」の端っこには黒っぽい部分があり、なんとなくそこが二又になっているような気がする。

うわ、これはもしかすると・・・。

少し強引に近づいてみる。シカはこちらを見ながら頑としてその場で噛みつづけていたが、じきに耐え切れずに駆け出した。こちらもその場に駆け寄って、ぽろっと落とした「棒」を見れば、う、やっぱり・・・。

(↓この下に気持ち悪い写真があります。気をつけて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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シカの生前足であった。

人間で言うと手首の部分だ。露出している骨が齧られて叉状になっている(左下)。黒い部分はやはり蹄で、ここは柔らかいのだろう、だいぶ噛み潰されている(右)。

屋久島でヤクシカが落ち角を齧ることを発見したのは、YNACの市川だ。これまでに多数の観察例がある。そして種子島の隣の馬毛島では死んだ仲間の骨を齧ることが知られており、これも屋久島でもすでに観察されていた。

でも、こうも生々しい齧り方をするとは予想しなかった。これでは骨齧りというより、共食い、しかも死体喰いではないか。シカがここまでするのか。

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近くにもう一本、後足が落ちていた。これもシカが齧りながら引きずってきたのだろう。胴体も近くにないか探してみたが、見つからなかった。

以前はよく落ちていた角を最近見かけないのは、おそらくシカが見つけ次第食ってしまうようになったからだろう。最近シカの死体を見つけても、短期間に消えてしまうのは、仲間に食われてしまうからかもしれない。

死んだものは仲間に食われ、残ったものは仲間の骨を齧って生きながらえる。ほとんど餓鬼のさまよう地獄絵図のようだ。

草食動物の骨食いは、Osteophagia(骨食い病?)と呼ばれ、海外でも知られている。キリンが骨とかハト(!)とかを食べてしまうのはわりと有名だし、ヨーロッパアカシカでも報告例がある。 

沖縄伊江島の旧石器時代の遺跡(カダ原洞穴、ゴヘズ洞穴)で発見されたシカの骨が、当初は叉状(フォーク状)骨器と思われていたが、検証の結果シカがしゃぶった噛み痕で、人工物ではないと結論された、という例もある。

この「骨食い病」は、リン酸不足によるミネラル欠乏が起こすといわれている。口や喉に骨がささったりすることもあるらしい。またある資料によると、ボツリヌス中毒症になった例があるようなので、反芻動物が腐敗した死体を食べるというのは珍しいことではないのかもしれない。

いずれにしてもシカにとって西部は慢性的な餌不足の場となっているのは確かだろう。今年生まれた仔鹿たちは一様に育ちが悪く、12月になったというのに小さいままである。島内でこれほどシカを多く見かけるところは他にないが、過密の果てに死体喰いをするほどおちぶれてしまっては、ヤクシカも先がないのではないか。

それにしても食料の足りなくなったシカたちは、なぜ餌を求めて西部からどんどん他の地域に移動してゆかないのか。そういう智恵がないのだろうか。それとも少しづつ脱出してゆくシカはいるのだろうか。

仲間に食われていた個体のようにつぎつぎと滅亡へ向かい、個体数を減らしてゆくのか、矢原プロジェクトが示したように食圧として屋久島の植生にいかかるのか、興味深いところだ。

2007.12.14

宮崎にて

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宮崎の夜。

橘通りにある山形屋デパートの前を通りがかると、何者かが壁を登っています。

はて面妖な。しかもよく見ると何人かいるようです。

  

  

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おお、あれは・・・サンタクロース!

毎年いつもご苦労様です。はるばるフィンランドから来てくださったのでしょうか。あちらではすでにお昼前後を除いて一日中暗いと聞いています。 はるかな道のりを越えて、ありがとう!サンタクロース。

まったく久しぶりに街にでるといろいろびっくりしますね。

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星空しか見えない夜ばかりなので、こういうのは実に新鮮です。つい見とれて写真なんか撮ってしまいます。

  

  

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これにも驚きました。一瞬ですが、本物かと・・・

2007.12.13

太忠岳~安房小6年学級登山 2007.12.9

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安房小学校6年生の学級登山。みんなで太忠岳に登ってきました。

太忠岳は安房村の奥嶽です。

安房小学校は、おそらく全国最大級ではないかという広大な敷地と、豊かな自然環境を誇りとします。夜な夜なヤクシカの遊ぶグラウンド周辺の草刈りに、歴代校長先生の勤務時間は少なからず費やされた、というほどです。

安房川の谷間のはるか山奥には太忠岳がそびえ、児童は目の訓練のため、日々山頂の天柱石を凝視する、という惚れ惚れするような素晴らしいロケーションです。

この太忠岳登山は、登頂に6年生児童と学級PTAの総力を挙げて臨む、まさに小学校時代のひとつのクライマックスというべきイベントなのであります。

12月にずれ込んだこともあり寒さが心配でしたが、当日はあたたかい穏やかな登山日和で、学級PTA委員長のAさんを総隊長とし、児童29名、教員2名(校長先生とハードな忘年会明けの担任のN先生)、親22名の総勢53名という大所帯ながら、ケガもなく楽しく登頂することができました。登山隊長としては、子供よりむしろ(Hさんなど)親の体調や膝の方が気がかりでしたが、それもなんとかなったようです(笑)。

現在屋久島では、各集落がさかんに嶽参りをリバイバルさせはじめています。ですが、考えてみればこの太忠岳学級登山も、大字安房の12歳の村民全員が奥嶽である太忠岳に登拝するという、嶽参りの形式を持つ行事です。

他にも永田中の永田岳登山、小瀬田小の愛子岳登山、神山小の本富岳登山、最近では安房中の縄文杉登山、そして屋久島高校の宮之浦岳登山など、学校登山は地域とともに、ときどき断続的になりながら、続けられてきました。

かつて島津藩政時代の嶽参りは、島をあげて屋久杉伐採の免罪のために行っていたもので、稼ぎのための切実な意味を持っていました。しかし昔の信仰を形だけ現在復活させても現実的な意味はありません。

しかし現在の学校登山は、子供たちは屋久島の存在感や奥深さを身をもって知り、親はともに大汗をかきながらその子等の健やかな未来を祈る、そういう行事として、新たな伝統を築きつつあるように思います。

6年生はN先生の熱意ある指導のもと、いろいろ悩みながらもやわらかな雰囲気を持ったいいクラスです。この学級登山に同行できて親として幸せでした。

鹿児島大学法文学部の屋久島実習 2007.12.5-7.

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鹿児島大学から法文学部の学生さんたちがYNACの屋久島実習にやってきました。

安房の『華のや』を根城とし、ヤクスギランドをフィールドに2泊3日の日程で「エコツアーにおける表現技法を学ぶ」。担当は小原です。

フィールドを把握し、解説ソースを資料などで掘り下げて理解し、ガイドマップを作成し、プログラムを立て、解説を試みるというところまで一通りは体験してもらいました。この日程では朝から晩までの超詰め込み教育ですね。達成感まではちょっと難しいが、それなりに見当はついた・・・といいなあ。。。

わかりやすい解説技法はどんな仕事でも役に立つはずなので、今回の経験をいずれどこかで生かしてもらえると嬉しいです。

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