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2008年1月

2008.01.30

もうすぐミッション・コンプリート。。。

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実技試験でガチガチにかたまってる社員某。

おかげさまで、YNACプロドライバー化作戦は大きな山場を越えました。種子島第1班、第2班は全員実技をパス。小原はすでに二種免許を手中にし、内室は免許の発給を待つばかり。松本、高橋、佐藤、小林は鹿児島の試験場で最後の学科試験を受ける予定です。

これで、まだ2種免許を取っていないのは、○○と、△△と、◇◇かな♪ ふふ。

さあ、これでYNACはどう変わるのか。種子島の先生方からは「タクシー会社を作ればいいのに」と進められましたが、・・・まあ、ね(笑)

島内でもYNACが何のために免許を取るのか、いろいろぶっとんだ憶測が飛んでいるようで、聞いていると楽しいです。

2008.01.17

トイレ管理募金計画を鹿児島県が発表

種子島でのんきに車の練習をしているうちに、鹿児島県がトイレ管理募金の発表を行った。主な内容は、

①「トイレ管理募金」の名目で1人500円を徴収する。

②荒川、淀川には徴収人を置かず、募金箱を設置する。

③徴収見込み額は年間4000万円。

④屋久島町が募金を管理、執行する。

⑤予算の執行には透明性を高くする。またパブリックコメントを募集する。

といった点。

最も懸念していた、荒川登山口や淀川登山口に徴収人が陣取り、当然のような顔をして金を取る、という事態は回避された。

しかし白谷雲水峡・ヤクスギランドの扱いなど、不透明な部分は多いままである。確認のうえ報告したい。

一方、肝心のトイレそのものを管理者の環境省はどうするのか、という疑問については、来年度予算で、ついに(やっと)屋久島の山のトイレにどのようなものがよいか調査費が付いたらしい。これについてものちほど。

2008.01.16

YNACプロドライバー化計画3

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講習の空き時間を利用して、3人で種子島北部をドライブ。これは湊川のマングローブです。↑これはむりやり合成した写真ですが、それなりの広がりをもったマングローブです。

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種子島屋久島にはメヒルギの群落が3ヶ所あります。薩摩半島の喜入にも一箇所生育地はあるのですが、薩摩藩が植栽した可能性があり、自生のものかどうかは不明です。またこの3ヶ所の群落のうち屋久島栗生の群落はすでに風前の灯火ですし、位置から言っても『北限のマングローブ』を名乗る資格が充分あるのは種子島の熊野と、ここ湊の群落ということになります。

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説明板の付近には、このように樹高4mほどもある大木(?)が茂っています。栗生の今の漁協のあたりにあったメヒルギ群落も、かつてはこのような登って遊べる群落だったそうです。

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これはメヒルギの実が伸び始めたところ。種子が母樹にくっついているうちからこのように肥大して太いペン状に成長するので、胎生種子と呼ばれます。下向きに角のように伸びている部分は実は根です。成熟するとぽとりと汽水に落ち、その辺を浮き沈みしながらただよい、流され、運がいいものはやがて近くや遠くの干潟に定着します。

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干潟観察中の松本社長とわっしー。種子島は土が多いので、泥が流れていい干潟が発達します。水が引くと泥に大小のカニの穴がたくさん開いており、生き物も豊富なようです。

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これはコメツキガ二の穴。採餌かすを泥粒に丸めて穴から放り出すので、干潟の表面が一面あられを撒いたようになっています。

帰り道、畑にたっていた看板。あの甘さを誇る「安納芋」の本場、安納集落に立っていた看板。これはうまそうでした。

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2008.01.15

YNACプロドライバー計画2

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乗車実習を終えて、こころなしか引きつった笑顔のわっしー。二種免許第一段階です。得意なはずの運転を、基本どおりこなすのがこれほど難しいとは、というのが偽らざる感想です。

技術的なものでは、基本の「方向転換」「縦列駐車」や、二種免許ならではの「クランク後進」「S字後進」とか、「タコツボ脱出」など、楽しいものがいろいろです。

が、真実難しいのは、「安全確認の徹底」。これです。

前方への注意はもちろん、車の周囲、左右後方、真後ろ、死角の裏、すべてに常に注意を払い、自分の動きを確実に他車に知らしめる。

これを確実な動作として身に付けるための反復訓練がひたすら続きます。

さらに学科では、安全運転のための訓練を理論づける「安全哲学」を叩き込まれます。

・・・なんだか久しぶりに人として成長させてもらっているような気がします。

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西之表市のショッピングセンター「プラッセ」の巨大さに、あいた口がふさがらない松本社長とわっしー。

2008.01.10

二種免許への道~YNACプロドライバー化計画

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厳しいまなざしで、プロドライバーへの道を見据える松本YNAC社長。西之表にて。

YNACは今年ついに、かねてから懸案だった『全社員プロドライバー化』に乗り出しました。

年度内の全員普通二種免許取得を目指します。すでに樫村は合格しており、第二弾として松本、わっしー、小原が現在種子島自動車学校で合宿、修行中であります。

9日に入校し、まず適性検査があったのですが、これが我々の本性をズバリ指摘してくれる優れもの。わっしーの結果など本人もびっくりの抱腹絶倒ぶりでした。これはあまりにも的確なので、ぜひそのうち公開したいと思います。(TVのあやしげな占いより、この「自動車学校占い」の方がはるかに当たります。)

それにしても現在の自動車学校のカリキュラムが、これほど完成度の高いものとは思いませんでした。初めて免許をとった学生の頃は、ただ不機嫌にどなりちらす警察上がりの教官オヤジばかりでしたが、いまは全然違います。

すごいと思ったのは、教官の指導力です。

多くの事故例がおそらく厳しく研究され、そこから「安全性の向上」を最重要目的として法整備と交通システムの改善がすすめられる。そして定められたルールや改善点を根拠として運転技術のマニュアルが再検討されている。

そして自動車学校の現場では、すべての項目が法的な根拠を持ち、必要な運転法が基本と応用とにわたって検討された上で、現実的な対処法として指導される。

ある程度運転の年期を積んだ後で、あらためて整った技術体系を学び直しているので、いちいち根拠が腑に落ち、目からウロコがおちます。一般ドライバーは免許を取るときだけは自動車学校で学びますが、その後はいわば自己流で経験を積み重ねていますので、かなり狂っている技術でも修正されていないのが普通です。

屋久島でもガイド業界に対してはタクシー業界から運転技術の未熟を厳しく指摘されていますし、実際に事故例も発生しています。こういう技術研修は必要なことだなあと、痛感しています。

また交通安全対策はリスクマネジメントの最も整った実例でもあり、ガイドのマニュアルを検討するうえでも非常に勉強になります。

これからおいおい種子島の日々をご報告してゆきたいと思います。

2008.01.08

山彦の姿は・・・(平野の岳参り)

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(去年書きかけだった記事です。)

去る11月3日に平野(ひらの)区の岳参りが行われた。

平野区の自慢は、「屋久島で一番楽な岳参り」だ、ということである。

公民館の背後に低いながらも険しくそそり立つモイヨ岳(620m)。平野権現はその頂上・・・ではなく、頂上から南東に下りてくる尾根のずーっと下の方の、小さいピークの岩屋に置かれているのだ。

だからよその集落のように、区長さん以下一同、気合を入れて大仕事に取り組むぞ、という緊張感は微塵もなく、平野公民館に10時ごろ集合して、きわめてゆるい雰囲気で、さ、ボチボチいっかね、という雰囲気でスタートする。

今年は育成会の行事にもなったので、子供も多くて、老若男女しめて30人ばかりいたろうか、というにぎやかさであった。車に乗り合わせて登山口まで登り、平野権現入口の新しい標柱から全員でわいわいと登りだす。古い林道跡を少しゆき、照葉樹林の急登を15分もゆくと、なんのこともなく、もう到着である。

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急な尾根の上に、花崗岩のけっこう立派な岩屋があり、その中に古い鹿児島産山川石の石祠が三基ほど祭ってあり、岩屋の上はちょっとした展望台になっている。

平野も岳参りをやっていたとは、島に住んでいるのに知らなかった人も多いだろう。明治に鹿児島の折田氏が大規模な開拓を行い、また昭和期にタングステン鉱山が操業するなどして形作られた、比較的歴史の新しい集落だ。しかし岳参りの歴史はそれほど浅くないらしい。区のみなさんも、「小さい頃からやっていたぞ」という。

石祠にサカキを飾ってローソクをともし、1人ずつお神酒を上げて拝んでゆく。私の番になったのでお参りし、ついでに石祠のひとつを少しこすって見ると、向かって右手に「施主安房之助八敬立」という銘がくっきり浮かび出た。

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安房の助八さん。苗字なしの記名ということは島津藩政期のものだろうか。平野にまとまった集落があったという記録もないので、安房からやや出張って詣所にしたのだろうか。

退出しようと急な足場を慎重に探ると、かたわらに小さな白いものが顔をのぞかせているのが目に付いた。

おや、これは・・・

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ヤッコソウのつぼみである。(埋もれたポリ袋の陰から(笑))。

周りにはシイの大木が多いので根が入り込んできているのだろう。権現の岩屋にヤッコソウがあるというのはいいなあ。

祭りの儀式も終わり皆で弁当を食べているときにその話をした。すると近所のSさんが、ぽそっと「山彦は・・・」とつぶやいた。

「山彦、ですか?」

「ああ、子供のときに、山彦だと言ってましたよ。これが答えるんだって。」

・・・なんと、そうなのか。平野ではヤッコソウこそが山彦の正体だと見なしていたのか。これは初耳である。屋久島のほかのところではどうなのだろう。屋久島語ではヤッコソウのことをなんと呼ぶのだろうか。

ちょっと脱線するが、「彦」というのは古代の男子名に多い接尾語的代表語である。○○彦という名は古事記にたくさん出てくる。のちに同義語として、○○麻呂もしくは○○丸、○○助、○○兵衛、○○太郎などが輩出するが、それらの神話的始祖といってもよい。

見晴らしのよいところで叫ぶと、山にいる何かが不可思議なコミュニケーションを試みてくる。その相手を山の神かなにか、と見なしたものがヤマビコで、木々の霊のオウム返しだと考えるのがコダマであろう。

今のようにあれは自分の声の反響だ、などと実もフタもなくわかってしまうのでなく、変なものが不可思議にもオウム返ししてくるぞ、と考え、そのものに「山彦」と名づけてしまう、そのような古代の心のありようは、とても新鮮に感じられる。

そのころの世界は、広かっただろうなあ。よくわからないものや、誰も行ったことのない土地が果てしなく続いていて。

ギリシア神話にもエコーというのがいたなあ。そういえばYNACでエコツアーを始めた頃、そんな言葉を誰も知らないのでよく「エコーツアー」と間違われたな。

・・・脱線でした。

「山彦というのは、あれはヤッコソウが答えてくれるのだ。」 というのはしかし、だれが思いついたんでしょうね。どこか他の土地でそういう話をご存知の方はいらっしゃらないでしょうか。

 

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ヤッコソウ群落(某所にて)

なおヤッコソウに関しては、おととしの10月11月にも解説エントリーがあります。

2008.01.06

旧十一月二十八日の月

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新暦一月六日、旧暦十一月二十八日の明け方、ほとんど新月のような月がきれいだったので、撮影したくなった。

といってもろくに機材がない。とりあえず愛用のニコンの双眼鏡(防水モナーク)と、愛用の防水デジカメ、リコーカプリオ300Gを持ち出してみたが、そんなもので撮れるはずがない。三脚にモナークをおいてデジカメをあてがってみても、シャッタースピード1秒ではどうしようもない。そうこうするうちに北東の空は白みだし、一刻の猶予もない。そこで一か八か双眼鏡モナークをイスとその上に寝かした本の上にうまく位置を合わせて置き、三脚につけたカプリオを取り付け、左接岸レンズに接近させて位置をはかった。

その結果撮れたのが上の写真である。写真の右下にクレーターが写ったのが嬉しい。

それにしても、デジスコ・・・。魅惑だ。

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やがてあけてきた。新月の真上に明けの明星が昇っている。

2008.01.01

2008年元旦 初日の出

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元旦の東雲(しののめ)。荒れ模様だが、初日を拝めるか・・・

 

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雲のすきまからなんとか太陽がのぞきました。ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。

明け方の外気温は6.5℃。気圧配置は強い冬型になり、屋久島もそれなりに冷え込んできています。

計算上はヤクスギランドで氷点あたり、宮之浦岳でマイナス6℃以下ということになります。雨がぱらついているので、山は雪でしょう。ランド線も積雪・氷結のため通行止めになりました。

年末年始の荒天で、屋久島に里帰りできなかった人も少なくなかったようですね。

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