コケ・トレール 湯泊歩道
写真:樫村精一(YNAC)
屋久島でもっとも雨の多い場所はどこだろうか。林野庁屋久島森林保全センターのデータによると、平成11年(1999)の淀川登山口で11,718mm/年というのが、歴代トップで、非公認ながら国内最高値のようだ。
ただこの年ヤクスギランドでも10,553mm/年という記録がでており、その後平成13年、15年にも1万ミリ台を記録している。淀川を越える年も多い。要するにヤクスギランドから淀川にかけての安房川支流の荒川流域こそが、年間降水量1万ミリを誇る、国内でもっとも雨の多い地帯だといえるだろう。
淀川の源流から西面の黒味川メンガクボにかけては、屋久島には珍しい広い緩やかな地形面で、私は花之江河台地と呼んでいる。沢は沼のようにゆったりと流れ、大雨が降っても簡単には流れ下れないために、驚くほど~淀川の橋でも3mくらい~水位が上昇する。
では屋久島でもっとも蘚苔類(コケ)の量が多いところはどこだろうか。 屋久島を訪れるコケの専門家に尋ねると、多くの方が 「ヤクスギランドから淀川にかけてでしょう」 とおっしゃる。その通りだと私も思う。この一帯の森を越える蘚苔林(モス・フォレスト)は国内には存在しない。
南東方面の太平洋から押し寄せる、膨大な水分を含んだ雨雲が荒川をゆっくりと登ってゆき、淀川とメンガクボを分ける分水嶺へと押しあがる。湯泊歩道は、そのゆるやかな尾根筋をつたって、花之江河からジンネム高盤岳へと続く古道だ。
湯泊歩道の大きな特徴は、スギが少ないことである。これは屋久島南部の山の特徴でもあるのだが、ツガとモミが多い。特にツガ林のひろがりは印象的だ。葉を枝ごと塊のまま落として厚く堆積させてしまうスギと違い、ツガは細かな葉をばらばらにして落とすため、コケの生育を邪魔しない。またツガはその空を緻密に埋めてゆくような隙のない枝ぶりで地表を暗く保ち、下生えの生育を押さえ込んでしまう。すべてがコケの生育を助けている。
このツガの枝、根元、地表、すべてをコケが覆う。
雨を楽しもうと「楽しい前線を!」と、山で会ったYNACタカのパーティーに叫んだら、苦笑されてしまったが、雨の湯泊歩道ほどコケの美しい道は他にない。
道はか細く、迷いやすい。決して一般にはおすすめしないが、湯泊歩道こそ屋久島最高のコケ・トレールだ。
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