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2008.05.19

「もののけ姫の森」を消しませんか?

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5月13日の白谷雲水峡「もののけ姫の森」看板の立っているポイント。道が拡がりいよいよ悲惨なことになってきました。

看板の立った段階で、こうなることは予測できました。美しい場所でしたが、ひどくなる一方です。

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「写真圧」とでも呼びたい力で、道が森を侵食しています。道が押し出した分、奥行きのあるながめだったのが、ずいぶん浅い感じになってしまいました。看板がなければここまでの事態にはならなかったでしょう。

ここはもう ①看板を撤去し、②「もののけ姫の森」なる名称も指導標などから消去し、③荒れた部分はデッキか木道を設置して、踏み込み圧をやわらげるようにするべき、だと思います。

映画『もののけ姫』の舞台設定は、中国地方の鉄の山地のどこか、というのが定説で、屋久島は、イメージ取得のためにロケハンを行っただけです。白谷雲水峡でもロケハンがすこし行われていますが、ストーリーとは関係ありません。

観光地がマスコミをありがたがり、イメージを固定化されて、消費されて陳腐化してしまう、というのはおきまりの流れです。

もののけ姫はたしかに優れた映画ですが、作品よりも白谷雲水峡の本物の自然のほうがはるかに価値があるのではないでしょうか? イメージを依存することによって消費されてしまうことは、避けなければなりません。

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コメント

台風でさらにひどくならないよう祈ります。

売るにはシンボルがほしいし、
売れると荒れることもあるし、
なかなかバランスが難しいですね。

小笠原の参考にさせていただきます。


確かにヒドイことになってますね。
あの看板は初めて見たときにものすごく場違いに見えた気がしたのを覚えてます。
以前、久しぶりに白谷に行った時にそこにものすごい集団が居て、写真を撮りまくり通ることができず、皆が写真を撮り終わるまで待っていたことがあります。

別に白谷に『もののけ姫の森』なんてキャッチフレーズは必要ないと思います。と、言うか『もののけ姫』を見たのなら人と自然の共存にもう少し思いを馳せて欲しいものです。

とても複雑な心境です。あそこは私が屋久島との衝撃的な出会いをしたところですから。もちろんそれは「もののけの森」としてではなく純粋に「このうえなく美しい場所」としてでありました。皆にもあの感動を味わって欲しいとの思いもあり、あの大切な場所の魅力が失われるのはあまりに悲しく。「凄く良かったよ」と口コミで広がる位がちょうど良い森の許容範囲でしょうか。

看板がなくても、そこはハッとして立ち止まりたくなる美しい空間です。
でした、というほうが正しいのでしょうか?とても胸が痛いです。
もののけ姫の森という宣伝文句は、そこを訪れる人の心にフィルターをかけてしまうと思います。
美しい森を歩いているのに、頭の中でそれが2次元の映画の一場面になってしまうなんて。
屋久島に行ったことを説明するには都合がいいですが。。。
もっと、本物の世界の息遣いを感じて、他の人には伝えきれない自分だけの感動を大事にできるようになってほしいし、
招く側はそういった配慮をしていただきたいですね。
だって、魅力的なキャッチフレーズには皆弱いですから。


なんじゃこりゃー!
部屋に飾っているポスターがちょうど同じ場所ですが、
見比べて愕然としました。

6年前、入口の案内板に"もののけ姫の森"が追加されて
「何て余計な事しやがるんだ」憤慨しながら太鼓岩へ行ったのを最後に、
白谷雲水峡の奥地には全く行っていませんが、
悲しいかな、それで良かったような気がします。

宮崎監督は、屋久島を参考にしながらも
あの当時でさえ「あの森は死に掛けているからそのまま真似るな」と
スタッフ言い続けてもののけ姫を作り上げたそうですが、
これを見たら何という事やら。

白谷には「もののけ姫」が見れると思って
いそいそ出かけて,もののけと違うとがっかりしました^^;
私は晴れた日に行きましたが白谷は雨の降った後がいいらしいですね
もののけと白谷はちょっと違うように思います・・・
もののけで観光客は増えるけれども,イメージが固定化されてしまい
白谷本来の魅力が見えづらくなるような・・・

このあいだ紀元杉にいたら、タクシーが来ました。
運転手が「あの『もののけ姫』のラストシーンに出てきた木が、この紀元杉なんですよ」
おお、ついに紀元杉バージョンも誕生したか。でもお客さんは「へー」とあんまり関心ない様子。

どこまでイメージが一人歩きするんでしょうかね。
ウケればなんでも良いのかなぁ。それは悲しい。

3年前に行った時の写真と見比べてびっくりです。
きっと同じ場所のハズなのに緑が無くなり・・悲しい。
前回は看板を見かけませんでした。
(しかし、TVや雑誌で看板を目にした事は何度もあります)

また自然と共存したい思い
9月頃に2回目の屋久島を検討中ですが
マナーは守り、楽しくゆっくり過ごしたいです。


はじめまして。先月末、白谷とか行きました。
とにかくGW時期だったので人が多くてビックリしました、東京の高尾山並で。
人の少ない白谷以外の山奥のほうが、「もののけ」っぽい感じしましたよ。私も、看板なくしてもいいかもと思います。>しかもみてないし。爆

先日この場所がにぎわっていたとき、島内の某ガイド氏が、はみ出して写真を撮ろうとしていた人たちに怒鳴りつたそうです。
彼らがわびて戻ったあとも、ガイド氏は文句を言い続けて、あたりの雰囲気はすっかり嫌なものになってしまったとか。

このガイド氏の姿勢やら意識やらを批判するのは簡単なのですが、むしろ問題なのは民間も行政も含めて、地域全体がこのように利用者を非難するという態度をとるだけで済ましてしまっているということでしょう。

意図しているしていないに関わらず、利用者が集中する状況をつくりだしている。それによって利益を得ていながら、予期せぬ事態が生まれたときには、なにもせず放置して、利用者を非難するだけ。これは無責任といわれても仕方がありません。

この件に関してはもともとマナーではなく、ハードウェアの問題だと思います。ガイドに怒鳴らせておいてはいけません。「森林環境保全センター」の出番でしょう。


安本美典氏の「出雲神話と邪馬台国」と言う本によると中海沿岸の島根県安来市が文献学的に根の国に比定されるとしています。そこには伊邪那美神のお墓が古事記の記述どうり比婆山にあり、イザナミの子、スサノオが「安来」という地名を名付けたと出雲神話にあります。また、出雲とは出鉄のことで、この地でさかんだった、たたら製鉄のことだという。げんに、スサノオの詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ出雲〜」は「焼雲立つ出鉄〜」という意味でたたら製鉄の操業情景を歌ったものという解釈もある。
さらに考古学的にも重要な地域らしく籔田絃一郎氏や関裕二氏などはこの地の鉄が弥生後期に大和にながれ日本建国が成ったとしています。このように古代日本に重要な地域なのにひた隠しにされていた。これを暗喩的に批評したのが有名ジブリ映画「千と千尋の神隠し」らしいです。

?? 
よくわかりません。出雲神話と『千と千尋の神隠し』は関係ないと思いますが。

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