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2009.01.05

年末の大隈半島行 2

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大隈半島中部、鹿屋市の南にある吾平川上流の吾平山上稜。

ここに祀られている神は畏くもアマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアヘズノミコト。その子がカムヤマトイワレビコノミコト、つまり神話の神武天皇です。

この上稜は宮内庁の管理下で立入禁止となっています。畏くもアマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトは天皇ではなくその父ですが、それも宮内庁の権限下におかれるというわけでしょう。神話に登場する神が現政府の一機関によっていまなお権威を確保されているというのも、なんだか凄い話です。

上稜の墓そのものは鳥居の横に見える岩屋にあり、この岩屋のある山全体が鵜戸山、つまりウドのある山です。ウド、ウト、ウツなどの語はどれも「中が空いてる」という意味で、ウツセミ、ウツロ、ウドの大木、なども同じ語義から来ているようです。

洞窟に神社がおかれる例は南日本に多く、宮崎の鵜戸神宮が有名で、屋久島の一湊矢筈岳の八幡神社もその一例ですが、これはさらに古くから洞窟が埋葬場所とされたことに由来するようです。沖縄やボルネオの風葬は、この洞窟葬が近代まで続けられたもののようです。

吾平山上稜も、神話級の遺跡だけあって、考古学的な時代の遺跡を現代に伝えるものかもしれません。一帯は国家権力で守られている西日本の寺社の常で、照葉樹林の原生林で覆われています。ボルネオのダナンバレーで見た岩窟の風葬跡も、深い熱帯雨林に覆われて静かなたたずまいをみせていました。

ただし解説板によると、この上稜が古事記や日本書紀などの文献に基づいて畏くもアマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトの墓であるとされたのは、明治7年のことだそうです。

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一帯は神川大滝に似て蘚苔類の豊富な気持ちのいい場所でした。大隈半島の山岳地帯には花崗岩が多いのですが、平地はそれを埋めるように火山岩や火山性の大地が広がっています。花崗岩は屋久島と違って全体に乾燥した感じになりますが、火山岩は地下から水脈が現れて、水の気が豊かな印象を受けます。

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