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2009.06.25

読売新聞 宮沢記者の「屋久島の入山規制」記事について3

⇒樹齢1000年超の屋久杉が茂り、霧に煙る神秘的な島。そんな屋久島のイメージは、激増する観光客のし尿や踏み荒らしのため崩壊寸前だ。

屋久島の将来をどうするか。事実に基づいて、現実的に考えなければならない。イメージをもとに感情的な議論しても百害あって一利なしだ。

だいたいその土地のイメージは観光地としての戦略を立てる上で重要な資源である。それをこのような記者の勝手な思い込みで台無しにされてはたまらない。真実を見ず、屋久島のイメージをいたずらに悪化させているのは、この宮沢記者や朝日の須藤大輔、鈴木彩子記者のような一部のマスコミ各位ではないのか。

前の記事で書いたように、し尿の問題も登山道も拡幅も、考え方の問題であり、管理手法と設計の問題だ。現実的に処理すれば済む話なのである。それがなぜできないのか。現実に何が問題なのか。問題があるのならそれを打開するにはどういう仕組みが必要なのか。客観的に取材のできる新聞記者のような人たちには、そういうところを鋭く突いてもらいたいものである。

⇒ 今月9日午前5時半。小雨降る平日にもかかわらず、登山道の発着点にある荒川口のトイレには、10人の女性の列ができていた。片道11キロに及ぶ縄文杉への登山道にトイレは3か所しかない。登山道を外れて用を足す人が後を絶たない。

世界遺産登録の翌年に荒川登山口トイレ(1994年)、2000年に縄文杉登山者が1日平均200人を超えると2002年に大株歩道入口トイレ、2006年に日平均300人を超えると2007年に小杉谷バイオトイレが、必要に応じて、後手後手ながら建設されている。高塚小屋 トイレ(1970年)しかない状態からすれば、大いに改善されていると考えるべきだろう。

問題は高塚小屋トイレからの搬出と、分解型トイレのメンテナンスなのである。分解型トイレはまだ実績が浅く、選択した設置者の責任は問われるべきだが、それでメンテに手間取るのは仕方があるまい。国内における屋久島の責任として実験性は必要なのだ。

それから自然を知らない人はどうしても思い込みがあるようなのだが、自然の中では野外トイレが基本である。排泄物は生態系に吸収・分解してもらうのが最善の方法だ。特に屋久島のような強靭な生態系に守られているところでは、自然分解力を最大限生かすべきだと思う。

4つのトイレを持つ縄文杉ルートは、もう十分に整備されている。そこで用を足しきれなかった利用者が野外トイレを使っても、許容範囲の中だと私は考える。

なお、トイレし尿の運び出しは高塚小屋など縦走の際の問題なので、縄文杉登山者とは事実上関係がない。

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コメント

屋久島の森、特に尾之間歩道を歩いてみて、それが小原さん仰る「強靭な生態系」に守られているというのは何となく実感できました(実際、そこに吸収してもらいましたし・笑)。
しかしながら高層湿原や風衝低木林帯では、屋久島と言えど「脆弱さ」も持ち合わせているのではないのでしょうか。私もさすがにそこで用を足すのははばかりました。また環境省や地元ガイドの方が淀川登山口と花之江河で携帯トイレを啓蒙していたのは、感情論だけではなかったように思えました。

その脆弱さって、どういうものだと思いますか?
なにが、どう脆いのか、どの程度で壊れるのでしょうか?

携帯トイレの報告会で、印象的だったのが「登山ルートにトイレがないのが不安だったが、携帯トイレがあれば、安心して登山できる」という感想でした。

携帯トイレがあれば、自然のなかで用を足す技術のない人も、登山が可能になるのだなあ、と。これはちょっとしたコペルニクス的転回でしたね。

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