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2009.06.24

読売新聞 宮沢記者の「屋久島の入山規制」記事について2

前エントリーの記事は 「屋久島で、2011年度から」「1日あたりの入山可能人数などを含めた全体構想を定め、関係省庁の認定を受ける。上限を300人程度にする意見が町などから出ており・・・」としている。

これは実際には屋久島の一日の入山上限ではなく、縄文杉ルートをエコツーリズム推進法にのっとって日帰り人数を制限したいというということであり、意味する範囲がまったく異なる。宮之浦岳その他のルートやエリアには関係がない。

この記事にかかわる問題点をいろいろ指摘しておく。

⇒「観光客の急増で自然破壊が進む世界遺産の屋久島」

この手の表現にはいつも二つの点で引っかかる。

一つ目。観光客の急増が自然破壊を進める、と一方的に決めつけるやり方についてである。

縄文杉を見に屋久島を訪れるのは悪いことなのか。

世界遺産に魅かれた観光客が増えてけしからんというのなら、そもそも世界遺産登録を推進して観光客を増やしたのは誰なのか。何のために登録したのか。

世界遺産は地元に自然保護意識を高めたという点で貢献しているが、実際に屋久島の自然を保護したのは自然公園法という法律と、森林生態系保護地域という林野庁の内部規定である。世界遺産条約が屋久島の自然を守ったのではない。

世界遺産の精神から言っても国立公園の目的から考えても、国民のために用意されている施設を利用する人が増えることを「悪い」という理屈はないだろう。問題は利用者のコントロールにせよ施設のメンテナンスにせよ、その施設をきちんと管理しない管理責任者の方にあるのではないか。

それに、「増える」というのは以前から比べるとという相対的な表現に過ぎない。屋久島は尾瀬や大雪山などの脆弱な自然と違い、強靭な森林生態系の成立する場である。現場の分析からどの程度の利用人数が適正かを科学的に見極めて初めて適正規模かどうかを判断できるのだ。

二つ目は、環境破壊が進んでいるという認識が、現実からずれている、ということである。

縄文杉ルートで問題となっているのは、トイレの管理と登山道の拡幅だ。

トイレの管理には分解型だろうと搬出型だろうと、環境省が現在検討している線に沿って安上がりで効率的な方法を選べばよく、費用と受益者負担の問題は、すでにレクリエーションの森保護管理協議会(会長:屋久島町長)が屋久島自然休養林(ヤクスギランドと白谷雲水峡)で有り余る協力金を訪問者から集めているのだから、これを受け取り方を変えて屋久島全体の予算として使えばいい。同一国有林内の貴重な自然のためなのだから、利用者がこれに反対するはずがないではないか。

登山道の拡幅は、木道の幅が狭く、対向者が来たら脇に下りてやり過ごさなければならないという設計の不十分さが原因だ。いまどき人気のある登山道や遊歩道ですれ違い可能な2者線(?)の歩道など珍しくなく、普通に考えれば大株歩道もすこし幅を広げればいいだけの話である。

思うに、いま屋久島の自然は昭和期における国有林の合計3万ヘクタールを越える大伐採の被害から、なんとか回復してきたところである。大株歩道は当時幅50cm程度の伐採用歩道として作られ、それが現在伐採などせず見るだけを楽しもうという利用者の増加によってそれが幅1mほどに拡がるという事が、どれほど問題なのか。たんに管理設計の問題ではないか。

そもそも現在の屋久島で本当に自然が破壊されているところは縄文杉ルートではないだろう。県道白谷線、県道ヤクスギランド線、それに南部林道である。あのような大破壊を行い、しかもそれは登山者のアクセスを容易にするためのものでありながら、大株歩道の利用が多いのはけしからんとは、どう考えても主張がねじれている。

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南部林道って、湯泊あるいは栗生歩道に通じる林道のことでしょうか?

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