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2009.11.19

遅い夏休み~津島神社と伊勢長島

友人、というのか、里子のような人の結婚式に出席。ついでにしばらくご無沙汰している親友に会いにゆき、その合間に気になっていた場所を訪れたりと、いろいろ詰め込んだ旅行をしてきた。夏から秋にかけて動きづめだったので、大分遅くなったがいい夏休みになったと思っている。先日の温泉川やスラブ滝は休暇ではなかったのかという声が聞こえるが、あれは出張ないし精神的技術研修というものである(笑)。

このところ機会あるごとに出かけているのは、近畿・東海地方の神社と寺だ。この年で寺社巡りが趣味というのもどうかと思うが、興味の対象がそうなのだから仕方がない。ただしある時代に大きな経済的イベントを起こした寺社が面白く、そういうところを選んでいる。

4月は伊勢神宮外宮内宮に行ったが、今回の結婚式後には愛知県津島市の津島神社に行ってみた。これは「センゴク外伝 桶狭間戦記2」(宮下秀樹,講談社)にもろに影響されているのだが、あの織田信秀がこの津島神社を支配下に置いて伊勢湾海運の元締めとなり、信長へと続く織田家隆盛の基礎を作り上げた、というところにいたくツボを突かれた。

行ってみれば、かつては活気のある港湾都市だったはずだが現在は内陸になって、当時の面影はない。立派な神社だがなんということもなく、やや期待していた宝物殿も閉鎖されていた。解説版の類には、お伊勢参りに行くときに、伊勢だけでは片手落ちで、津島にも寄らないとだめなのだとされていた、と書かれていたのが新鮮だったものの、津島側にそう書いてあるだけでは当然鵜呑みにはできない(笑)。しかしこの神社に集まる寄付金の巨額なことには驚いた。皇室から中京圏の社長クラスまで、百万円規模のスポンサーがごろごろいるのである。格式というものか。

駅前の魚屋に「ふなみそ」と書かれた紙が貼ってあったのにそそられたが、残念ながら閉まっていた。「桶狭間戦記」にも描かれていたが、津島神社の牛頭天王祭は素晴らしいものらしい。

ついで津島に近い伊勢長島に行った。これも本編の「センゴク天正記」に出てくるのだが、信長が津島に陣どり、一向宗徒を制圧し大量虐殺したという、あの長島攻めの現場である。長島駅に降り立つと、・・・なにもない。ただ木曽川と長良川に囲まれた中州島がひろびろと続くのみ。

地図を眺めていると、しかし興味深いものがあった。あの長良川河口堰だ。屋久島からここまで来たみやげにこれを見学して、名古屋に戻った。なぜ信長なのかというと、これは種子屋久に大いに関係するからなのだが、それはまたいずれ。

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コメント

いやいや、、、伊勢長島ですかぁ!
最近、経済基盤をもとにした歴史物にはまってますね。当方は、唯物史観でかなり辟易した思い出があって、拒否反応がでてしまいます。
でも、伊勢神宮いいですね。わたしの好みは月読宮です。今、目の前にお札はってます。

唯物史観はともかく、屋久島の場合歴史そのものがわかっていないような状態なので、周辺の人とモノの流れでも調べれば、少しはイメージが湧くかも、といった程度です。大隅諸島の動きを見てゆくと、信長に行きつくんですよ。

津島神社!に驚いてコメントしています(^^)
わが子のお宮参りも津島神社でした!
近くにいらしてたんですね~

伊勢長嶋あたりは高速飛ばして甲賀から1時間くらいでよく行きます。
ほんま近辺は信長さんが攻め込んだ名残の旧跡は数知れず。
遠くは種子島や屋久島まで影響があったんですね。びっくりです。

「ふなみそ」はフナを味噌で煮詰めた保存食品だそうですね。私の期待した鮒鮨のような発酵食品ではなかった(笑)。薩摩の豚味噌や鰹味噌と似た食べものなんでしょうね。

寺社の経済活動のお話、
ツアーの時少しうかがいましたよね〜思い出しました!
私も、屋久島の歴史には興味を持ちました。
帰ってから、本を読みまくっていますが、
屋久島から遠く離れた私の地元の図書館にも
結構、屋久島関係の本があり、
世間の注目度の高さを感じます。
(きっとリクエストによる蔵書ではないかと…)
何か思いつくところがあったら、
また是非教えて下さい! 楽しみにしています。

今度は本能寺に行ってみたいなあ。屋久島・種子島に多い法華宗(日蓮宗)のお寺は、全部本能寺の末寺らしいです。昔は担当のお坊さんも派遣されてきたそうですよ。

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