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2010.04.15

井上ひさしの訃報を聞いて

『河童が覗いた50人の仕事場』(妹尾河童.朝日新聞社1986)だったと思う。例の精密なイラストでさまざまなプロフェッショナルの仕事場が紹介されている中に、井上ひさしの部屋があった。取材に訪れた河童さんが、机の横にメモ書きが貼ってあることに気がついて、書き留めている。

「むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに」

その瞬間に骨肉になる言葉だったなあ。これは。それ以来頭の芯に入り込んでいる。

まじめな愛読者ではない。『表裏源内蛙合戦』、『吉里吉里人』、『腹鼓記』、『コメの話』くらいだろうか。考えてみれば90年代以降は他のことばかりしていて、愛読者ですらなかった。

井上ひさしという人がいてくれている、ということはいつも意識していたが、今回の訃報を聞いて、感じたのは「しまった!お話、ろくに聞いてませんでした」。

でもいいのだ、と思っている。井上ひさしの想いを込めた文章はすぐれたテキストになって残っており、死後もなおその魂にふれることは不可能ではない。人類だけができる離れ業。死んだ人の魂は、テキストや楽譜、絵のような記号・表現の中に精密に残されているのだ。

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コメント

こんばんは。人が逝ってしまう時は本当にあっけないものですね。

私も先述されている、

「むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに」

という言葉、仕事柄もあって、
いつも胸の中の引き出しに入れています。


また、先日の日経新聞1面のコラムには、
井上さんのこんな言葉も載っていました。

「日頃からよく勉強し、よく考え、大事なときに、そういったものを全て捨て去って自然体になる」

本当に心に響く言葉を紡ぐ方だったなと思います。

井上ひさしのスタンスは平田オリザに受け継がれていると信じたいです。

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