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2011.06.20

フェリー屋久島2のヤマニシの被災~海猫の黒さんより

海猫の黒さんよりひさしぶりにお便りがありました。フェリー屋久島2についてハッとさせられた部分を紹介します。

「東日本大震災ですが、前にもお話しましたが、折田汽船の「フェリー屋久島2」、コ
スモラインの「プリンセスわかさ」の2隻の屋久島種子島航路の船は、北関東以北で
旅客フェリーの建造実績能力のあるただ1つの大型造船所であった石巻のヤマニシ
(旧名称山西造船鉄工)の作品です。」

「とくにフェリー屋久島2はいまだにヤマニシ史上最高の豪華船です(外装もデザイン
も優れているが、特に内装は内装部門で宮内庁御用達をうけていて、戦前から日本を
代表する豪華客船ではお約束の高島屋百貨店インテリア部門が手掛けた、離島航路と
は思えない逸品)。まあ、こんなもん作るから折田は結局(以下略)」

「この造船所、テレビとかでも出ましたし、ネットで検索してもわかりますが、津波で
工場が全損しました(工場・造船ドックが壊滅)。ただ、幸い従業員は奇跡的に全員
無事でしたので、再開予定で準備中と報じられています。建造船を得た多くの船社か
ら支援も来ているようです。屋久島の人にはあまり身近に感じない大震災かもしれま
せんが、こういうところは多少関係しております。」

「ということで、また夏もなんとか島に行こうと画策中です。行けそうになったら、ま
たご連絡させてください。ではでは、また。失礼いたします。海猫の黒」

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コメント

金曜日はお世話になりました。熱く語って遅くまで引き延ばしてしまいすいませんでした。

翌日は、朝から麓の風景の写真を撮って、一応ナンですので「ファリー屋久島2」で帰りました。相変わらずいい船です。カーペットとかすりはやや切れていますが、よく手入れされた船内や立派な木の外周甲板、またきびきびとした船員の態度などは健在でした。
接客要員の態度が優秀なのは日本中の離島航路でも1・2と思います。パーサーのおねえさんの態度がいいのは、なによりもこの船社の伝統、そして、乗船時ギャングウエイ(タラップ)で船客乗り場に目を光らせていて、大きい荷物の客が船に歩いてくるたびに駆け寄って、自分も荷物を持って手伝う若い事務長の教育の賜物でしょうか。事務長は、事務員とはいえ一応肩章三本線の上級士官ですから、私なんぞは恐縮してしまいます。この船のサロンクラス(上級)の士官は、生活航路では珍しく、甲板作業時以外は作業服ではなく、いつもきりっとした制服姿ですから気持ちいいです(今は夏なので真っ白な士官夏服)。船の中の船員の風紀は、士官が士官らしい恰好をしているか、甲板員が作業甲板に出るときは短時間でも常に安全(保安)帽をかぶっているかでだいたいわかります。
折田汽船見てから他の離島航路に乗ると、ガックリ来ることが多いです。まあ、離島の生活航路は、しっかり安全だけ確保できれば文句はなく、サービスや、豪華客船と同じ船の雰囲気を求める必要はないというのは、私もそう思います。が、でも、たまにフェリー屋久島2に乗ると、本当に離島航路ばなれしていていいなあと思います。

ということで、飲んだ時のお話やらなにやらはまたいずれ。失礼いたします。

海猫の黒様

そうだったんですか。フェリー屋久島2の上下船のさいに、重そうな荷物を持つ手助けをする事務スタッフの姿は印象的だったのですが、あれは日本の離島航路の模範だったのですね。

鹿児島との行来にはついジェットフォイルを使いがちですが、やはりなるべく折田汽船を使鵜用にします。

島ですし、震災のことを見ても何が起こるかはわかりません。本当にいざというとき屋久島のために動いてくれるのは、きっと折田汽船だろうと思います。

乗船下船が常に船腹の階段状のタラップ(船用語ではギャングウェイとかラッタルと言うのか)からになり、他地域の航路のような乗船ブリッジ等にならないせいもあるのでしょう。鹿児島港発着の離島航路だけが、船の船員が積極的に客の荷物を持つ風習があります。ただ折田のように船客待合所の方まで歩み寄るところは少ないです。
いずれにしろ他地方の船では、まず見ないですよね。

あとフェリー屋久島2、汽笛が蒸気でかすれたような低い音のため、他船と区別できます。出航の長声1発、着岸の2発が、腹に沁みるいい音です。春3月の異動時の出航で宮之浦を出るときに、汽笛の音とともに笛から真っ白い蒸気が上がるところは、見せ場ですね。

鹿児島商船(いわさき)、フェリーの屋久島丸はわずか4年ほどで、昨年11月一杯で運航をやめてしまいました。過去なんどもこういうことがあり、これだからこのグループを使った農水産物の出荷ルートが危なくて構築できないのです。災害時はもちろん、平時においても、信用できなくなっています。
我々はどうしても本土からの入込、それも旅客を考えがちですが、島発の旅客、それに農水産物をはじめとする貨物の出荷における安定・安心感。折田はこの点で島の産業界に信用があります。

屋久島への交通手段については、市販の屋久島ガイド本の交通案内欄が、実際に乗船した人が書いてはいるとは思えない(取材は飛行機で来島していると思われる)稚拙な内容が多すぎるので困ります。読者が皆乗り物の使い手ではないわけで、行き帰りの足についてしっかり記載していただきたいですね。

では。

おお、そういえばいつの間にか屋久島丸が無くなっていた。

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