6月26日は、旧の五月十六日。山の神祭りの日です。
「山の神祭り」というものは全国にいろいろあり、その祭神も期日もさまざまです。日向から大隅にかけては旧暦の正月、五月、九月の十六日が山の神祭りの日とされて、杣師や猟師は仕事を休むことになっています。
屋久島にもこの山の神祭りは伝わっており、江戸時代から「山の供養」「山祭り」などといわれていました。よく知られた「嶽参り」とはまた違った系統の祭りのようです。
祭りの日にちや内容、それに祭りの解釈は、時代や集落によって変遷がありますが、今はおおむね、山にかかわる仕事をしている者が、この日は物忌み(という建前)で仕事を休み、親方の所で、あるいは適当に組んで、飲み食いをする、ということになっています。YNACでは山仕事に携わるものの末席として、会社創立以来この山の神祭りは順守することにしています。
というわけで昨日も、小瀬田愛子岳の山裾にある「石除神社」に詣でたあと、松本親方宅で午後いっぱいかけて延々と会議・・・というのかいろいろ語り、それを19時半まで続けてほとほと疲れ果て、それから本宴席となったのでした。
そのうち最近市川が書き足したホームページのヤクスギランドツアー紹介の中に、荒川の河原がサンとモロの出会った場所のモデルだとあったのが話題になり、ビデオ・・・DVDではなく・・・を出してきて検証が始まり、どうもイメージと違う、とか言いながらなんとなく最後まで見てしまったり(笑)。
そういえば白谷雲水峡の景観が原画のモデルに使われているところも、再確認しました。乙事主(大イノシシの神)とサンが祟り神になりながら敗走するシーンの陰惨な森がそれです。・・・なんだか口蹄疫にかかった牛や豚たちを想像してしまいました。
(まあ、看板も撤去されたことですし、いつまでももののけ姫でもないだろうと思いますが、お好きな方はこちらから資料をダウンロードできます。⇒『もののけ姫を読み解く』 file7、112pにある美術の田中直哉さんの証言をどうぞ。)
ところで屋久島の山の神って、いったい何なんでしょうね?
以前紹介したピアニスト江草啓太さんから「えぐさ由唄・江草啓太」ユニットによる演奏の紹介のメールをいただいた。
先月、屋久島と奄美の曲を中心としたライブを行いました。
「まつばんだ」にも挑戦してみました。
始めたばかりのユニットなので、まだまだなところもあるかもしれませんが現状がこんな雰囲気です、ということで見ていただければ幸いです
さっそく聞いてみて、やや驚いたのは、はっきり短調のアレンジになっていたことだった。ほとんど奄美大島の島唄ふうなのである。
屋久島の唄は、長調のメロディとして採譜されていたし、 『まぼろしのまつばんだ』でその採譜の元唄の酒匂シゲさんの唄(一番きれいにメロディが聞き取れる)も長調の琉球風音階なので、すっかりそう思い込んでいた。
でも他の唄い手の泊伝市さんは微妙にゆらぐし、若松シマさんはほぼ短調で唄っている。そして悪石島の宮永マスギクさんの「まつばんだ」は、はっきり短調なのだ。
「まつばんだ」は奄美大島の「豊年節」や、「今ぬ風雲節」に似ている、という話があって、これがどう聞いても全然似ているとは思えない。ところが、短調バージョンの「まつばんだ」だと、なるほど似ているのだ。
素人理解で、間違っているかもしれないが、琉球音階では、長調と短調の転換がごく普通に起こるそうだ。
ド ミ ファ ソ シ ド
この長調の音階が
ド ミ♭ ファ ソ シ♭ ド
にゆらぐ。これは
ラ ド レ ミ ソ ラ
と同じことなので、短調である。
ちなみにインドネシア音階は(というのか?)
ド ミ ファ ソ シ♭ ド
なので、その中間になる(のか?)
ふつう沖縄風と思っている長調の琉球音階が、奄美大島に渡ると物悲しい短調の島唄になる、ということなのだろうか。「歴史が~云々」という話は鵜呑みにするつもりはないが、この変化はなんだか趣深い。こういう歌は、いつ、どんな風にして、屋久島に伝わったのだろうか。
「海猫の黒」さんからメールを頂きました。
かつてリアルウェーブの掲示板で、本格派の屋久島通としてリスペクトされていた方で、そのほれぼれするような奥深い書き込み情報には、私を含めて多くの愛読者がいたものです。
3月からの縄文杉ルートについて、私が書くよりもこのメールを読んでもらった方がよくわかると思うので、ご本人から許可を頂いて以下に掲載します。
以下メールの全文~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ご視察お疲れ様でした。もう早速荒川口でお金取っているんですね。
この荒川登山バスですが、まず、バスが貸切扱いのため、創設以来今まで便利だった屋久島交通の一日乗車券が使えません。おまけに、尾之間や宮之浦からバスで来ている者も自然館前で強制乗り換えになりました。なぜ貸切扱いにしたかも疑問ですが。
(この辺りは、おなじシャトルバス強制乗り換え方式を取っている上高地と比べるとわかります。尾瀬はもっとも入込みが多い鳩待峠口のみが、路線バスでも行っても強制乗り換えになりますが、これはバスの大きさの問題があり、あと、何より本数と輸送量が屋久島と格段に違います)。
また不思議なことに、屋久島では、貸切扱いのシャトルバスのほうが、乗合時代の運賃より高いのです。(はっきりいって貸切バスの正規運賃で定員乗せて運行するより高いです。原価計算時につまらない誘導員や何やらの金額気軽に乗せていないでしょうか・・・)
それよりなにより、登山バスに乗せて行き先は一つなのに、着いたところで、また似たような名前の協議会だか何だかが金を取る・・・さっき払ったのにまた・・・という観光客の寂しい気持は考えてくれないようです・・・。
お金の文句は寂しいのでさらにもう少し運行について・・・
安房中PTA新聞の関連もあって、屋久島の民謡『まつばんだ』について調べている。
鹿児島の野呂正和先生が2008年に編集制作されたCD『屋久島のわらべ唄・民謡/まぼろしのまつばんだ』
上屋久町郷土誌に収録された『まつばんだ』の楽譜
この二つが、現在の屋久島では唯一無二の資料だが、すこしずつ奄美大島やトカラの唄との関連も報告されている。唄を聴くと、琉球音階の良い曲で、これが埋もれてしまっているのはあまりにも惜しいと思う。まつばんだはどこよりも安房との関連が深く、安房で録音された音源が多い。泊如竹の琉球行きなどとも関連付けて考えてみたいところだ。
琉球音楽関連のサイトを見ていて、同じように屋久島民謡に関心を持って、しかも私よりだいぶ先を行っているらしい人を発見した。江草啓太さんというプロのミュージシャン、ピアニストで、ブログを拝見すると奥様とのユニットで奄美の島唄や屋久島の民謡を中心に据えたコンサートなども開かれてるという。
松山でのコンサート直前の江草さんに連絡をとってみたところ、嬉しいことにすぐにお返事をいただけた。「まつばんだ」はまだアレンジされていないとのことだったが、松山では、
「屋久島関連は民話「山姫」の朗読、永田の子守唄、四つ竹踊り唄、を予定しています。」
とのことだった。ライブの詳細は下記の通り。松山近郊の方はぜひ聴きに行ってください。
2月27日(土)「ISLAND SONGS(アイランドソングス)」 出演 唄・朗読・三味線 :えぐさ由唄(元南海放送アナウンサー橋口裕子) ピアノetc :江草啓太18時開場 19時開演
ticket:2500円(1ドリンク&お土産付き)
場所:スタジオOWL(桑原から移転しました!)
(松山市三番町3丁目6-2 ab's square2F)
電話番号:089-941-0036
E-mail: owl21@mx82.tiki.ne.jp
http://studio-owl.hp.infoseek.co.jp/奄美大島や屋久島に古くから伝わる唄や民話の朗読を、三味線やピアノなどに乗せてお届けします。
また1月のコンサートでのピアノソロ 「一湊の十五夜綱引き唄」の動画をご紹介いただいた。
『まつばんだ』についても、今「習得中」とのこと。いつか屋久島でコンサートを開けたら素晴らしい。
なおブログによると奥様のお父上は屋久島のご出身とのことだ。
麦生のコスモス畠です。昨年その美しさが島内で大評判になりました。『生命の島』終刊号の表紙もこれでしたね。
農地の景観形成事業として補助金が出ているらしく、国内のあちこちでコスモスがきれいに咲き誇っているようです。
麦生の県道下の農地は、畑地帯総合整備事業(畑総)で20年ほど前に整備されたところです。千尋滝の展望台からよく見ると、滝の下に取水堰のようなものが見えますが、あれがこの畑を灌漑するための水源です。
思えばそれ以前の屋久島は、秋の渇水がひどい時には、雨乞いの儀式が頼みの綱だったのでした(笑)。・・・いや、笑いごとではありませんね。
しかし、春夏の気候が厳しい屋久島では、秋冬が屋久島の換金作物を育てる中心的な時期のはずなのですが、億単位の予算を使った畑も現在は余っており、いまや景観形成の一環をにない、みんなの目を楽しませて、少しは元を取っているというわけでしょう。
それでも畑地としてはちゃんと機能していますので、造成した後にそのほとんどを原野に戻してしまった畑よりは・・・いや、ウチの畑も実はそうでした。よそのことをあれこれ言う資格なし!
一湊海水浴場の脇に、回収された流木が山積みされていました。大小ありますが、数百本というところでしょうか。打ち上がったものと船で海面から回収したものとがあるようですが、いずれにしても大変な作業です。やはり材木ではなく、ほぼすべて自然木のようです。
なかに一本ちょっと気になる木がありました。
これなんですが、どうも針葉樹っぽい。
一部むしって香りを嗅いでみると・・・嗅ぎ覚えのあるにおい。
これは台湾の紅檜(ベニヒ)ではないだろうか。
台湾の沢登り「溯渓」は、人跡稀な大渓谷を何泊も重ねて溯行します。夜ごとの楽しみはは、台湾檜や紅檜の流木を大量に集めての盛大な焚火。いったん火の起こったヒノキや紅檜の火力は強く、水との戦いで冷え切った体を心から温めてくれ、暖かい食事も簡単に作れてしまいます。
今回の大流木群は台湾南部の豪雨による災害で押し出されたものだという、鹿児島大学の見解が伝えられています。これが本当に紅檜なら、それはほぼ間違いのないところでしょう。
これもにおいをかいでみると、どうもマツの仲間らしい。周りの海水がしみ込んだ部分が、漂流していた時間を示しているのかもしれません。
ふと見ると、宮之浦の港に見慣れない大きなフェリーが入ってくる。12月22日就航予定の鹿児島商船の「屋久島丸」だ。試験航海だろうか。白地にピンク色をあしらっているところが、「はいびすかす」路線を継承したかのような印象である(笑)。
「屋久島丸」の運行時刻は、7:00鹿児島港南埠頭発→10:55宮之浦港着、12:00宮之浦港発→16:00鹿児島港南埠頭着。料金は片道4200円だが、来年の5月までは1000円払い戻しがあるので3200円になる。
この船は元、佐渡汽船の「こさど丸」(3965トン、定員 1133名)である。
参考⇒「定期船ブログ」
1983年に新潟~両津間に就航、その後新船と交代して同じく佐渡航路の直江津~小木にお下がりとして転進し、この3月まで運行していた中古というか老朽船で、鹿児島商船が6億円で購入したそうだ。
25年前の就航当時は、佐渡航路では始めてのスタビライザー(揺れ止め装置)付き新鋭大型フェリーだったという。私はたまたまその直前に佐渡へ揺れまくる船で渡ってほとんど死んだ経験があるのだが、荒れ狂う冬の日本海航路で、この船はさぞ救世主のように登場したのだろうと推察する。
また屋久島航路でも、折田汽船の「フェリー屋久島」や鹿児島商船の「第二屋久島丸」の揺れまくりを何度となく体験しているので、「フェリー屋久島2」に搭載されたスタビライザーの威力はよく知っている。
なお「はいびすかす」は、これまた佐渡汽船からスタビライザー未搭載の「えっさ丸」を購入したもの。「はいびすかす」は鹿児島~種子島往復に早朝の西之表~宮之浦間往復をくっつけるという変則的な運行をしていたが、屋久島丸の就航にともなって、21日を最後に宮之浦には来なくなる。
※「えっさ丸」と「はいびすかす」に関しては、海猫の黒さんのコメントをご参照ください。
折田・市丸戦争が一段落してジェットフォイルの運賃が再び急上昇したため、ここに来て「フェリー屋久島2」がふたたび存在感を増している、と思いたいところだが、この「屋久島丸」就航でふたたびフェリー間のせつない戦争になるのかもしれない。
ところでこれで当面屋久島への来島キャパシティは、1日につきフェリー2便約1500人、ジェットフォイル7便約1750人、飛行機6便約450人で、合計約3700人ということになる。
来年の皆既日食に関して屋久島町対策協議会はひたすら後ずさりをするのみで「受け入れ可能数4500人」と宣言してしまったが、これは一日あたりではなく期間内の定員だろうから、あっけなく破綻するのは自明のようだ。
地元自治体が決議したところで、それに説得力と実力がなければ、無視されて終わりで影は薄くなるだろう。
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